第19話 ゲームじゃない
「ゲームじゃないってどういうこと?!」
北部街道に、レナードの声が響いた。
倒れたオーガの肩に刻まれた黒い紋章を前に、タケルはまだ難しい顔をしたままだった。
「僕が知ってるのは、ゲームだった頃の情報だよ」
「だった頃って何?! 今もゲームじゃないの?」
「たぶん……同じ世界ではあると思う。でも、僕の知ってる内容から外れ始めてる」
「そんなことあんの?!」
「僕にも分からないよ!」
これまでのタケルは、何か起きれば必ずと言っていいほど答えを持っていた。好感度の上げ方も、爆弾の消し方も、ダンジョンの特徴も、魔物の癖も。
けれど今目の前にある黒い紋章だけは、本当に知らない。
レナードはしばらくタケルの顔を見ていたが、ふと視線を横へ逸らした。
「……てかさ」
「何?」
「ルシアン、眩しいくらいキラキラしてんな」
「今それ?」
少し離れたところでは、ルシアンが氷漬けになった魔物を見ながらアルカディアの面々と話していた。
上質な服。
整いすぎた顔。
明るい髪に、どこか育ちの良さが滲む立ち姿。
黙っていれば、いかにも高貴な美青年だった。
「俺、負けてない?! 顔綺麗すぎだろ!」
「そこ張り合うの?」
「だって俺、億プレイヤー顔だぞ?!」
「自分で言うんだ……」
タケルも改めてルシアンを見る。
「でも、公爵だし……」
「うん」
「ガチの乙女ゲームの人かも」
「やっぱそう思う?!」
レナードが勢いよく振り返る。
「レナードより、そっちっぽい」
「俺の乙女ゲーム適性まで奪うなよ!!」
その声が聞こえたのか、ルシアンが遠くから振り返った。
「なにー?」
「顔が綺麗って話ー!」
「ありがとー!」
「素直!!」
タケルが小さく笑う。
「レナードと違う距離の近さだね」
「俺はちゃんと人見て詰めてるから!」
「それもどうなの……」
そんな軽いやり取りをしていると、ルシアンが何か思い出したように手を叩いた。
「あ、そういえば」
「何?」
「その黒いマーク、北の方でも見たよー」
「先に言って?!」
レナードが即座に叫ぶ。
「えー?」
「今めちゃくちゃ重要な話してたよな?!」
「聞かれなかったからー」
「そういう重要情報は自主的に言うんだよ!!」
ルシアンはまったく悪びれる様子もなく、黒い紋章を見下ろした。
「少し前からね、北の村の近くでも同じのついた魔物が出てるよ。そいつらも変だった」
「やっぱり逃げない?」
タケルが聞く。
「うん。あと、いっぱい集まって同じ方向に進んでた」
そこでアルカディアのリーダーも表情を変えた。
「待て。東部でも似た報告があったはずだ」
「東部でも?」
「ああ。数日前、別のギルドから連絡が来ていた。普段群れない魔物がまとまって移動しているとな」
レナードの表情から少しだけ笑いが消える。
「じゃあ、ここだけじゃないってこと?」
「その可能性が高い」
タケルはもう一度、黒い紋章を見る。
ゲームの中では、魔物は基本的にそれぞれの生息地で動いていた。イベントで集団発生することはあっても、ここまで広い地域で同じ印を持ち、同じような行動を取ることはない。
「……やっぱり違う」
「何が?」
「僕の知ってるゲームと」
タケルの声は、さっきより少しだけ重かった。
◇
その日のうちに、一行は北部街道からギルドへ戻った。
討伐自体は成功している。けれど、ギルド内にいつものような達成感はなかった。
アルカディアはすぐに報告へ向かい、ミハルもギルドの過去資料を調べ始めた。
タケルも一緒になって、古い魔物記録や地図、過去の大規模討伐の資料を確認する。
「ない……」
何冊目かの記録を閉じ、タケルが呟いた。
「何が?」
隣でレナードが聞く。
「黒い紋章」
「昔も出てない?」
「少なくとも、このギルドの記録にはない」
ミハルも別の資料から顔を上げる。
「こちらもありません。似た印すら出ていないですね」
「じゃあ新種?」
「魔物そのものは新種じゃないんだよ」
タケルは首を振った。
「ウルフもオーガもスケルトンも知ってる。変なのは、あの紋章と行動だけ」
レナードは椅子に深く座り、腕を組んだ。
「イベント追加されたとかじゃない?」
「追加イベントなら、僕が知らなくてもおかしくないけど……」
「じゃあそれじゃん」
「でも、ここまで世界全体に影響する設定変更は変だよ」
「設定変更って言い方もすげぇな」
「だってゲームならそうなるでしょ」
タケルはそこで一度言葉を止めた。
少しだけ、考える。
「……でも」
「何?」
「そもそも、もうゲームって考える方がおかしいのかも」
レナードが眉を上げる。
「今さら?」
「今さらって言わないでよ……」
「いやだって、俺ら普通に飯食って寝て怪我してんじゃん」
「分かってるよ」
「イオリ怒るし」
「うん」
「サキ笑うし」
「うん」
「ミハル仕事してるし」
「それは今関係ある?」
レナードは少し笑った。
「ゲームのキャラって感じしないじゃん」
タケルは黙った。
その言葉が、妙に残った。
今まで好感度の数字を見て、イベントを管理して、正解の選択肢を探してきた。
けれど実際にここで暮らしている人たちは、自分が知っているゲームの情報だけでは動いていない。
サキは予定にないところで笑う。
イオリは攻略していない時に好感度が上がった。
ミハルはそもそもゲームに存在した記憶すらない。
そして今、知らない紋章を持った魔物が世界中で動き始めている。
「……僕、ずっとゲームだから分かるって思ってた」
タケルがぽつりと言う。
「うん」
「好感度もイベントも、魔物もダンジョンも。知ってるから大丈夫だって」
「実際めっちゃ助かったけどね」
「でも……ここにいるみんなは、ゲームのキャラじゃないんだよね」
レナードは少し考えてから答えた。
「そりゃそうでしょ」
「だから今さらって言わないでよ!」
「まだ言ってないじゃん!」
少しだけ空気が緩む。
その時。
ギルドの入口が勢いよく開いた。
「緊急報告です!」
駆け込んできた伝令が、息を切らしながら声を上げる。
「西部で大規模な魔物の群れを確認! 複数の村が避難を開始しています!」
ギルド内が一気にざわつく。
その直後、別の伝令まで入ってきた。
「南方でも同様の報告! 討伐された魔物から黒い紋章が確認されています!」
「南も?」
レナードが立ち上がる。
さらに。
「東部の街道も封鎖されました! こちらでも同じ印が!」
タケルとミハルが顔を見合わせる。
北だけではない。
西。
南。
東。
ほぼ同時に、各地で同じ異変が起きている。
「……世界規模」
タケルが呟いた。
レナードも、さすがに何も言わなかった。
◇
その日の夕方。
冒険者ギルドの奥では、各地から届いた報告書が次々と積み上げられていた。
アルカディアのリーダーが部屋から戻ってくると、その表情は朝よりずっと険しかった。
「決まった」
「何が?」
レナードが聞く。
「各地のギルドマスターと上位パーティーを集める。今回の件について、大規模な協議を行うらしい」
「世界会議みたいな?」
「そんなところだ」
「俺らも行く?」
「本来なら呼ばれていない」
「呼ばれてねぇの?!」
レナードが即座に反応する。
「じゃあ今の流れ何だったの?!」
「最後まで聞け」
「はい」
アルカディアのリーダーは苦笑してから続けた。
「だが、お前たちは来い」
「え?」
「今回の異変を直接見ている。それにスターライトは、もう十分戦力になる」
レナードの顔が少しだけ明るくなる。
「また連れてってくれんの?」
「ああ」
「アルカディア優しいじゃん」
「お前が軽すぎるんだ」
タケルはそのやり取りを聞きながらも、手元にある黒い紋章の写しから目を離せなかった。
ゲームでは知らない。
資料にもない。
そして、世界中で同じ異変が起きている。
「……タケル」
レナードが声をかける。
「何?」
「まだ考えてんの?」
「うん」
「分かった?」
「……分からない」
タケルは正直に答えた。
これまでなら、分からないことがあっても、どこかにゲームの知識を当てはめれば答えが出ると思っていた。
けれど今回は違う。
「これ、ゲームの続きじゃない」
「じゃあ何?」
「分からない」
タケルがそう言うと、レナードも珍しくすぐには返さなかった。
少しだけ沈黙したあと、肩をすくめる。
「まあ、分かんないなら見に行けばいいじゃん」
「……世界会議?」
「うん」
「軽いなぁ」
「考えて分かんないなら、詳しい奴に聞けばいいっしょ」
タケルは一瞬きょとんとしてから、小さく笑った。
「そうだね」
その時の二人は、まだ知らなかった。
次に向かう場所で。
この世界が、自分たちの知っているゲームより遥かに広いことを思い知らされることになる。




