第18話 本格討伐
ミハルが正式にスターライトへ加わってから数日後。
冒険者ギルドには、朝からいつもと違う緊張感が漂っていた。北部街道付近で魔物の群れが確認され、しかも数が多いうえに、普段その辺りには出ない種類まで混ざっているらしい。
「大規模討伐になる」
アルカディアのリーダーがそう告げると、周囲に集まっていた冒険者たちの表情が引き締まった。
レナードはその横から依頼書を覗き込み、眉を上げる。
「そんな多いの?」
「かなりな」
「じゃあアルカディアだけで行く?」
「いや」
リーダーはレナードたちへ視線を向けた。
「スターライトも来い」
「俺ら?」
「ああ。今のお前たちなら戦力になる」
「マジ?」
レナードの顔が一気に明るくなる。
「トップパーティーに認められたじゃん!」
「調子乗るの早いよ……」
タケルが小さくため息をついた。
以前なら、スターライトが大規模討伐へ呼ばれることなどなかった。レナード個人の強さは知られていても、パーティーとして見れば経験も浅く、戦力として数えられるほどではなかったからだ。
だが、深層ダンジョンや合同修行、隠しダンジョンを経て、今では全員が大きく成長している。
「よし。行こっか」
レナードが剣を肩へ担ぐと、スターライトもアルカディアとともに北部街道へ向かった。
◇
現地へ着いた頃には、すでに数組の冒険者が集まっていた。
普段なら商人や旅人が行き交う街道も、今日は人影がほとんどない。避難は済んでいるらしく、遠くには壊れた荷車が転がり、草原には大量の魔物の足跡が残されていた。
「結構荒れてるね」
サキが周囲を見回す。
「先に避難させたらしい」
アルカディアのリーダーが答えた。
「今日は、この辺りの魔物をまとめて片づける」
「了解」
レナードが軽く返事をした、その時だった。
「……ん?」
タケルが街道の先を見つめる。
「何か白くない?」
全員がそちらを見る。
遠くの地面が、妙に白い。
近づくほど、その理由がはっきりしてきた。
「……凍ってる?」
イオリが呟く。
街道脇の草も岩も、一面が薄い氷に覆われている。それだけではない。数体のオーガやウルフまで、逃げる途中の姿のまま丸ごと氷漬けになっていた。
「誰か先に戦ってんの?」
レナードが氷の中のオーガを覗き込む。
「こんな広範囲、普通じゃないよ」
タケルも驚いたように辺りを見回した。
すると遠くから、場違いなくらい明るい声が飛んできた。
「おーい! こっちこっちー!」
全員が振り向く。
街道の向こうから一人の青年がこちらへ走ってきていた。整った顔立ちに上質な服。どう見ても身分の高そうな装いなのに、本人は満面の笑みで大きく手を振っている。
「……誰?」
レナードが首を傾げた次の瞬間。
アルカディアの面々が一斉に姿勢を正した。
「ルシアン公爵!?」
「え?」
レナードはアルカディアを見てから、もう一度青年を見る。
「公爵?」
「うん!」
ルシアンはレナードたちの目の前まで来ると、まるで友達に自己紹介するような軽さで笑った。
「ぼくルシアン! よろしくねー!」
「軽っ!!」
レナードが思わず叫ぶ。
アルカディアのリーダーは苦笑しながらも、きちんと頭を下げた。
「お久しぶりです、ルシアン公爵」
「久しぶりー!」
「この辺りは公爵が?」
「うん。ちょっと見に来たら魔物いっぱいいたから、凍らせてた!」
「ちょっと見に来たノリで?!」
レナードが思わず横から入ると、ルシアンはすぐに興味を向けた。
「あ、きみ勇者?」
「そうだけど」
「へー!」
一歩、距離が縮まる。
「名前は?」
「レナード」
「レナード! よろしくねー!」
「距離近っ!」
「えー? そう?」
「俺に言われるって相当だよ?!」
横でタケルが小さく呟く。
「レナードもかなり近いけどね」
「俺は会話の距離! こいつは物理的に近い!!」
「こいつって……公爵だよ」
「そうだった!」
アルカディアの面々だけが少し気まずそうな顔をしていたが、ルシアン本人はまったく気にしていない。
「スターライトっていうんだよね?」
「知ってんの?」
「聞いたことあるよー!」
「誰から?」
「いろいろ!」
「ざっくり!」
レナードが早くも振り回され始めたところで、遠くから低い地鳴りのような音が響いてきた。
さっきまでの軽い空気が一瞬で変わる。
草原の向こうから、黒い影が次々と姿を現した。
ウルフ。
オーガ。
スケルトン。
さらに空には、大型の鳥型魔物まで飛んでいる。
「多っ」
レナードが目を細める。
「聞いてたより多くない?」
タケルの声にも緊張が混じった。
アルカディアのリーダーはすぐに周囲へ指示を飛ばす。
「三班に分ける! アルカディアは中央! 他の冒険者は街道東側!」
「スターライトは?」
「西側を頼む!」
「了解!」
スターライトもすぐに散開した。
イオリが前へ出て剣を構え、サキは少し後ろから弓を引く。アヤコは魔物へ短く指示を飛ばし、マイとタケルは後衛へ回る。ミハルは敵の数と地形を見ながら、死角へ回れる位置を探していた。
「来るよ!」
サキの声と同時に、ウルフの群れが一気に迫ってくる。
「タケル!」
「分かってる!」
タケルが杖を前へ向けた。
「火よ!」
炎が地面を走り、横一線に広がる。火の壁ができたことで、突っ込んできたウルフたちが一瞬だけ足を止めた。
「お!」
レナードが笑う。
「使えてんじゃん!」
「今度こそちゃんと戦闘で褒めて!」
「めっちゃ役立ってる!」
「やった!」
「そこ喜んでる場合じゃない!」
イオリが怒鳴りながら、火の壁を抜けてきた一体を斬り払う。
その隙にサキが矢を放った。
一発、二発、三発。
止まったウルフへ正確に突き刺さる。
「右からオーガ!」
ミハルの声が飛ぶ。
「見えてる!」
レナードが地面を蹴った。
巨大な棍棒が振り下ろされるより早く懐へ入り、横一閃。オーガが倒れる。
けれど以前のように、そのまま全部を一人で倒しには行かなかった。
「イオリ、次いける?」
「任せて!」
「サキ、援護!」
「うん!」
レナードは一歩下がり、二人へ任せる。
合同修行前なら考えられなかった動きだった。
◇
スターライトの戦いを、アルカディアの面々も時折横目で見ていた。
以前はレナード一人だけが突出していた。
今は違う。
イオリが前線を安定させ、サキが確実に数を減らす。アヤコは魔物と連携しながら敵陣を崩し、マイの回復によって誰も長く戦線を離れない。
ミハルは敵の死角を取り、タケルの炎が群れそのものの動きを制限していた。
そしてレナードは、必要な場所だけへ飛び込む。
「強くなったな」
アルカディアのリーダーが小さく呟いた。
その頃、本人は一番嬉しそうに仲間を見ていた。
「普通に戦えてんじゃん!」
「レナードも戦って!」
タケルが叫ぶ。
「いや今見てた」
「保護者じゃないんだから!」
「成長確認大事じゃん!」
「戦場でしないでよ!」
その時、空から大型の鳥型魔物が急降下してきた。
「あ」
レナードが見上げる。
「じゃああれ俺ね」
「軽いなぁ……」
剣を構えた、その直後。
「ぼくやるー!」
横から元気な声が飛んできた。
「え?」
ルシアンが片手を上げた。
次の瞬間。
周囲の空気が一気に冷え込んだ。
白い冷気が草原を走り抜け、地面から巨大な氷柱が連続して突き上がる。急降下していた鳥型魔物は翼ごと凍りつき、そのまま地面へ落下した。
だが、氷はそこで止まらない。
ウルフも。
オーガも。
スケルトンも。
広範囲にいた魔物たちが、一瞬で氷に閉じ込められていく。
「……」
レナードが固まった。
タケルも口を開けたまま動かない。
「何今の」
「氷魔法……だと思う」
「範囲おかしくない?!」
ルシアンは嬉しそうに振り返った。
「いっぱい凍ったー!」
「いっぱいじゃねぇよ!!」
アルカディアの面々からは、感嘆の声が漏れる。
「さすがルシアン公爵……」
「公爵ってこんな強いの?!」
「公爵だから強いわけじゃないよ……」
タケルが答える。
レナードはルシアンをまじまじと見た。
さっきまで「よろしくねー!」と笑っていた男と、同一人物とは思えない。
「強さだけ急に公爵じゃん!!」
「どういう意味ー?」
「俺にも分かんねぇ!」
◇
その後も戦闘は続いたが、スターライトとアルカディア、さらにルシアンまで加わった戦力を相手に、魔物の群れは次々と数を減らしていった。
最後に残った大型オーガをレナードが斬り倒し、ようやく街道に静けさが戻る。
「終わったー!」
サキが大きく息を吐くと、マイはすぐに周囲を確認した。
「怪我してる方いますか?」
「こっちは大丈夫」
イオリも剣を鞘へ戻す。
レナードは剣についた汚れを払いながら、アルカディアのリーダーへ顔を向けた。
「どう?」
「何が?」
「スターライト」
リーダーは少し笑った。
「十分戦力になってる」
「でしょ?」
「あなたが答えるの?」
イオリが呆れる。
「俺リーダーっぽいじゃん」
「誰が決めたのよ」
「雰囲気?」
「適当ね」
その横では、ルシアンが氷漬けになった魔物たちを眺めていた。
しばらくして、何気ない口調のままレナードたちへ声をかける。
「ねえ」
「何?」
「最近、この辺の魔物ちょっと変なんだよねー」
軽い言い方だった。
けれどタケルはすぐに反応した。
「変?」
「うん」
「どう変なんですか?」
「逃げないの」
ルシアンは氷の中に閉じ込められたウルフを指差した。
「普通なら仲間いっぱいやられたら逃げるでしょ?」
「……うん」
「でも最近のは、ずっと来るんだよねー」
タケルの表情が少し変わる。
「それに、みんな同じ方向に進もうとしてる」
「同じ方向?」
「うん」
ルシアンが街道の先へ視線を向ける。
その先にあるのは、人の住む地域だった。
「……変だ」
タケルが小さく呟く。
「何が?」
「ゲームの魔物って、普通はここまで統率された動きしない」
「ゲームと違う?」
「……うん」
その時、少し離れた場所で魔物を調べていたミハルが声を上げた。
「これ……」
全員が集まる。
倒れたオーガの肩。毛皮の下に、黒い紋章のようなものが刻まれていた。
「刺青?」
レナードが眉を寄せる。
「違うと思う」
タケルが近づいて確認する。
見覚えがない。
ゲームの攻略本にも設定資料にも、少なくともタケルの記憶には存在しないものだった。
「タケル?」
「……知らない」
「え?」
レナードが振り向く。
「これ、僕の知ってるゲームにはなかった」
その言葉で、少しだけ空気が変わった。
これまで何が起きても、タケルにはある程度の答えがあった。攻略対象の好みも、イベントの条件も、魔物の特徴も、ダンジョンの仕組みも。
けれど初めて。
タケルの知識の外にある何かが、目の前に現れていた。




