第16話 隠しルート
翌日。
タケルはギルドへ着くなり、まっすぐ受付の奥を見た。
昨日からずっと気になっている人物がいる。
ミハルだ。
今日もいつも通り、書類を抱えて忙しそうに動き回っている。一見すれば、やはりただのギルド職員にしか見えない。
けれどタケルには、どうしても引っかかっていた。
「まだ気にしてんの?」
隣でレナードが呆れたように言う。
「うん」
「昨日からずっとじゃん」
「だって、あの洞窟の裏道とか落とし穴とか詳しすぎるよ」
「仕事できる人なんじゃね?」
「それだけじゃ説明つかない気がする」
「ゲーム脳だなー」
「そういうゲームなんだって」
タケルは少し迷ったあと、思い切ってミハルのところへ向かった。
「あの、ミハルさん」
「はい?」
「昨日話してた、北の洞窟の古い搬入口なんですけど……」
ミハルの手が止まる。
「行くんですか?」
「え?」
「スターライトの皆さんで」
「そのつもりだけど……」
タケルが答えると、ミハルは少し考えるように視線を落とした。
「でしたら、私もご一緒しましょうか」
「え?」
今度はレナードまで振り向く。
「ミハルも?」
「はい。入口が少し分かりづらいので」
「でも昨日、戦えないって言ってなかったっけ?」
「正面から戦うのは苦手です」
「それ意味違くない?!」
ミハルは何でもない顔をしている。
タケルはその横で、ますます確信を深めていた。
「……絶対なんかある」
「本人の前で言うなよ」
◇
その日の昼前。
スターライトはミハルを加え、北の洞窟へ向かっていた。
入口付近には崩れた岩が積み重なっており、正面から中へ入ることはできない。
けれどミハルは迷うことなく岩壁沿いを進み、草木に覆われた細い道へ入っていった。
「こっちです」
「こんなの分かんねぇって」
レナードが周囲を見回す。
道というより、ほとんど獣道だ。
しばらく進むと、大きな岩壁の前でミハルが立ち止まった。
「ここです」
「……壁じゃん」
「そう見えますよね」
ミハルは壁際へ近づき、苔に隠れていた小さな刻印へ手を伸ばした。
指でなぞるように触れ、少し押し込む。
ゴゴゴゴゴ……。
「……は?」
レナードの目の前で、ただの岩壁だった場所がゆっくり左右へ開いていく。
その奥には、地下へ続く石造りの階段が現れた。
「マジで?!」
タケルの前にも表示が浮かぶ。
【特殊条件を満たしました】
【隠しダンジョン
『忘れられた坑道』が解放されました】
「やっぱり!」
「ほんとに隠しダンジョンあんじゃん!」
レナードが表示と入口を交互に見る。
「ゲーム感強っ!」
「だから言ったでしょ!」
「いや、ここまで露骨だと思わないじゃん!」
ミハルだけが不思議そうに二人を見ていた。
「何かありました?」
「いや、こっちの話!」
◇
坑道の中は、通常のダンジョンとは少し雰囲気が違っていた。
壁には古い採掘跡が残り、ところどころに壊れた荷車や木箱が転がっている。長い間誰も使っていないらしく、空気も冷たく湿っていた。
しばらく進んだところで、ミハルが突然足を止める。
「そこ、踏まないでください」
「え?」
レナードが足元を見る。
「何?」
「罠です」
「どこに?」
ミハルはしゃがみ込み、床の隙間へ細い金具を差し込んだ。
カチッ。
次の瞬間、少し先の床から大量の矢が飛び出した。
「うわっ!」
レナードが思わず一歩下がる。
「危なっ!」
「古い坑道なので、盗掘対策の罠が残っているんです」
「詳しすぎない?」
タケルがじっと見る。
「昔の資料で」
「また資料」
レナードが腕を組む。
「その資料、なんでも載ってんな」
ミハルは少し笑っただけだった。
◇
さらに奥へ進むと、今度は魔物の群れが現れた。
通常のウルフより一回り大きな黒いウルフ。その奥には、重い鎧をまとったスケルトンと、二体のオーガまでいる。
「結構いるじゃん」
レナードが剣を抜く。
けれど今回は、以前のように真っ先に飛び込むことはしなかった。
「イオリ、正面お願い!」
「任せて!」
「サキ、後ろのスケルトン!」
「うん!」
「アヤコ、左のウルフ!」
「分かった」
「マイは全体見てて!」
「はい!」
そしてレナードは最後にタケルを見る。
「タケル、いける?」
「やる!」
タケルが杖を構える。
合同修行で覚えた通り、魔力を一気に放出せず、細く制御する。
「火よ!」
一発。
二発。
三発。
さらに四発、五発。
小さな火球が連続して飛び、黒ウルフたちの進路を塞ぐように着弾する。
「おお!」
レナードが声を上げた。
「五個出てんじゃん!」
「見た?!」
「見た見た!」
「強くなったでしょ!」
「焚き火五個いけるじゃん!」
「まだ言うの?!」
そんなやり取りをしている間にも、戦闘は続いていた。
サキの矢は以前より速く正確になり、離れたスケルトンの関節を次々と射抜いていく。
イオリも一人で前へ出すぎることなく、仲間との距離を保ちながらオーガの攻撃を受け流していた。
アヤコは言葉を使わなくても魔物と連携し、黒ウルフの背後へ回り込ませる。
マイも傷が深くなる前に回復を飛ばし、戦線を崩さない。
「いいじゃん!」
レナードが笑う。
「みんな普通に強くなってんじゃん!」
「あなたも戦いなさい!」
イオリに怒鳴られる。
「はいはい!」
レナードもようやく動き出し、押され始めた場所だけを狙って援護に入った。
以前なら一瞬で終わっていた戦闘だったが、今は誰か一人だけで倒す必要がない。
全員が役割を持って戦えていた。
◇
そのまま坑道を進むたび、強い魔物が現れた。
通常より硬いスケルトンナイト。
巨大な黒ウルフ。
二体同時に現れるオーガ。
さらに宝箱を守る石造りのゴーレムまでいる。
けれど敵が強い分、得られる経験値も異常に多かった。
【レベルが上がりました】
【レベルが上がりました】
【レベルが上がりました】
何度も表示が浮かぶ。
「また上がった!」
サキが嬉しそうに言う。
「ここ経験値すごくない?」
タケルも表示を確認しながら驚いていた。
「たぶん隠しダンジョンだから、普通より効率いいんだと思う」
「うっま!」
レナードが即座に反応する。
「経験値を食べ物みたいに言わないでよ!」
「だってうまいじゃん!」
「意味違うから!」
数時間進む頃には、全員の動きが明らかに変わっていた。
サキは複数の矢を素早く連射できるようになり、アヤコの魔物も以前より鋭く動く。
マイは一人ずつではなく、近くにいる複数人へ同時に回復魔法をかけられるようになっていた。
イオリの剣もさらに速くなり、タケルも火球だけではなく、敵の進路を塞ぐように炎を広げられるようになっている。
「タケル、それ何?」
レナードが聞く。
「新しく覚えたみたい」
タケルが杖を横へ振る。
地面を這うように炎が広がり、迫っていたウルフの群れが一斉に足を止めた。
「火の壁みたいなやつ!」
「お前、急に魔法使いっぽくなってんじゃん!」
「最初から魔法使いだよ!」
◇
そして。
坑道の最深部へ続く大扉の前で、ミハルがまた足を止めた。
「ここから先、大きな部屋になっています」
「ボス?」
タケルが聞く。
「たぶん」
「たぶん?」
「私はここまでしか来たことがないので」
レナードが振り返る。
「来たことあんの?!」
「少しだけ」
「やっぱ一般職員じゃねぇじゃん!」
「レナード、声大きいよ」
タケルが止めるが、もう遅い。
ミハルは困ったように笑っていた。
扉を開けると、その奥には巨大なゴーレムが立っていた。
普通のゴーレムより遥かに大きく、全身を黒い鉱石のようなものに覆われている。
さらに周囲にはスケルトンナイトや黒ウルフが何体もいる。
「数多っ」
レナードが笑う。
「でも、今ならいけるっしょ」
イオリが剣を抜く。
「もちろん」
サキも弓を構える。
「やろ!」
全員が一斉に動き出した。
イオリが前衛を引き受け、サキが周囲のスケルトンを狙う。アヤコの魔物がウルフを抑え、マイが後方から全体を支える。
タケルは炎の壁で敵を分断した。
「レナード!」
「分かってる!」
レナードは巨大ゴーレムの前へ飛び出す。
けれどその瞬間、背後から一体のスケルトンナイトが迫った。
「後ろ!」
イオリの声が飛ぶ。
レナードが振り返るより早く。
ヒュッ。
細い影が横を抜けた。
「え?」
ミハルだった。
いつの間にか手には短剣が握られている。
スケルトンの懐へ潜り込むと、装甲の隙間へ正確に刃を差し込み、そのまま一気に引き抜いた。
スケルトンが崩れ落ちる。
「……」
レナードが固まる。
「戦えるじゃん!!」
「だから、正面からは苦手なんです」
「十分戦えてるよ!!」
ミハルはすでに次の敵の背後へ回っていた。
「盗賊みたい……」
タケルが呟く。
その瞬間。
目の前に新しい表示が浮かんだ。
【特殊条件を満たしました】
【ミハルの情報が解放されました】
【職業:盗賊】
「やっぱり!!」
「マジで盗賊じゃん!!」
さらに表示が続く。
【ミハル】
【好感度:12】
「出たァァァァ!!」
レナードが叫ぶ。
「好感度出た!」
「やっぱり隠しヒロインだ!」
タケルの目が輝く。
「今それどころじゃないでしょ!」
イオリの怒鳴り声が飛んできた。
「はい!」
◇
それからの戦闘は、一気に流れが変わった。
ミハルが罠や死角を潰し、敵の背後へ回る。
タケルが炎で動きを制限し、サキが遠距離から数を減らす。
イオリとアヤコが前線を支え、マイが全員を回復する。
そして最後。
巨大ゴーレムだけが残った。
「じゃ、こいつ俺ね!」
レナードが楽しそうに剣を構える。
「もう誰も止めないよ」
タケルが苦笑する。
「よっしゃ!」
ゴーレムが巨大な拳を振り下ろす。
レナードはそれを真正面からかわし、その腕を駆け上がった。
「でかいだけじゃん!」
肩まで一気に駆け抜け、剣を振り上げる。
一閃。
黒い鉱石の装甲に亀裂が走った。
そこへもう一撃。
巨大な身体がぐらりと揺れ、そのまま轟音とともに地面へ崩れ落ちる。
【ボスを討伐しました】
【スターライトの平均レベルが大幅に上昇しました】
「うっま!!」
「だから経験値を食べ物みたいに言わないでって!」
◇
帰り道。
坑道を抜けた頃には、外はすっかり夕暮れになっていた。
久しぶりに地上の風を浴び、全員がほっと息をつく。
「疲れたー!」
サキが大きく伸びをする。
「でもかなり強くなったよね」
「うん」
タケルも嬉しそうに自分の杖を見る。
「僕も結構魔法増えたし」
「焚き火の規模も増えたな」
「もう焚き火から離れてよ!」
そのやり取りを聞いていたミハルが、小さく笑った。
「スターライトって、いつもこんな感じなんですね」
「だいたいね」
レナードが答える。
「うるさいでしょ?」
イオリが言う。
「主に一人が」
「俺?」
「あなた以外誰がいるのよ」
ミハルはまた笑った。
しばらく歩いたあと、少しだけ照れたように前を向く。
「でも……」
「何?」
「皆さんといるの、楽しいですね」
その瞬間。
【ミハルの好感度が上がりました】
「……」
レナードの足が止まる。
タケルも表示を見る。
「上がったね」
「上がったな」
「うん」
レナードはミハルを見る。
可愛い。
普通に褒めれば喜ぶ。
しかも今のところ、話も通じる。
そして好感度まで素直に上がる。
「……」
「レナード?」
タケルが嫌な予感を覚えて振り向いた。
次の瞬間。
「可愛い上に落としやすいじゃねぇかァァァ!!!」
山道いっぱいにレナードの絶叫が響いた。
「だから言い方!!」




