第13話 俺の時代
深層ダンジョンから戻って数日。レナードたちは冒険者ギルドの訓練場に集まっていた。
最近は明らかに依頼の難易度が上がってきている。ウルフやゴブリンだけならともかく、オーガや大型魔獣まで当たり前のように出てくるようになった。
レナード一人なら、まだどうにでもなる。
けれど、これから先もずっと自分一人で全部倒していくわけにはいかない。
「このままじゃ、みんなキツくない?」
レナードがそう言うと、隣で杖を持っていたタケルも頷いた。
「僕もそう思う」
「特にタケル」
「僕?」
「全然ダメじゃん」
「そこだけ具体的に言わなくてよくない……?」
以前より魔法は強くなっている。火球もそこそこの大きさになったし、少なくとも焚き火なら一瞬でつけられる。
ただ、強敵相手となるとまだ心許ない。
「でも、誰に教えてもらう?」
サキに聞かれ、レナードは腕を組んだ。
「俺じゃ魔法分かんねぇしなー」
そう言いながら訓練場を見回していると、少し離れた場所で別のパーティーが稽古をしているのが目に入った。
以前、レナードに決闘を挑んできたトップパーティーだった。
「……あ」
レナードの目が止まる。
「いるじゃん」
「何が?」
「先生」
「え?」
レナードは何の迷いもなく、そのまま彼らの方へ歩き出した。
「ちょっと頼んでくる」
「そんなノリで?!」
◇
「なあ」
突然声をかけられたトップパーティーの面々が、一斉に振り向いた。
「レナードさん?」
「今度さ、ちょっと修行付き合ってよ」
「修行?」
「うん。こいつらもっと強くしたくてさ」
レナードは後ろにいる仲間たちを親指で指したあと、そのままタケルを指す。
「特にタケルが全然ダメだから教えてくんね?」
「だから僕だけ名指ししないでよ!」
タケルの声が訓練場に響き、トップパーティーのリーダーは少し驚いたあとに笑った。
「もちろん構わない。ただし、条件があります」
「何?」
リーダーは自分たちの仲間へ視線を向けた。
「その代わり、レナードさんはこちらの剣豪や勇者にご指南願いたい」
「いいよー」
「軽っ!」
タケルが即座に突っ込む。
「だって教えるだけでしょ?」
「相手トップパーティーだよ?」
「だから?」
「……なんでもない」
こうして、何とも軽いノリで合同修行が決まった。
◇
翌朝から、二つのパーティーは本格的な訓練を始めた。
まず捕まったのはタケルだった。向こうの魔法使いは、彼の魔法を何度か見たあとですぐに問題点を指摘する。
「魔力を一気に出そうとしすぎだ」
「え?」
「お前は総量が少ない。なら威力を上げるより、無駄を減らせ。もっと細く、狙いを絞れ」
「無駄を減らす……」
タケルは言われた通りに杖を構えた。
「火よ!」
飛び出した火球は、以前ほど大きくはない。けれど一直線に飛び、標的の中心へ正確に命中した。
「お」
少し離れたところにいたレナードが振り返る。
「当たったじゃん!」
「うん!」
「焚き火以外でも使えそうじゃん!」
「まだそれ言うの?!」
タケルの横では、サキも弓使いから姿勢を細かく直されていた。
「肩に力を入れすぎない。撃つ直前に一瞬だけ呼吸を止めて」
「こう?」
「そう」
サキが矢を放つと、今までより鋭く飛び、遠くの的の中心へ突き刺さった。
「やった!」
「サキすげぇじゃん!」
レナードが声を飛ばすと、サキは嬉しそうに笑った。
アヤコは魔物との連携を重点的に教わっていた。指示を出してから動かすのではなく、敵の動きを予測して先に位置を取らせる。
マイは回復魔法の範囲と速度。
イオリは、複数人で戦う時の前衛としての立ち位置や、味方との距離の取り方を学んでいた。
そしてレナードは、向こうの剣豪と勇者を相手にしていた。
「次、俺お願いします!」
「いいよー」
「本気でお願いします!」
「本気でやったら死ぬけど」
「……少しだけ抑えてください」
「了解」
二対一。それでもレナードにはかなり余裕があった。
相手の剣を軽く受け流しながら、
「踏み込み遅いよ」
もう一人の攻撃をかわし、
「そこ、一回下がった方がいい」
さらに剣を振る相手へ、
「腕だけで振らない。身体ごと」
そう言って一瞬で懐へ入り、その剣先を喉元で止める。
「こう」
「……速すぎて分かりません!」
「マジ?」
「もっとゆっくりお願いします!」
「むずいなー」
レナードは困ったように頭を掻いた。
少し離れた場所で、それをイオリが静かに見ていた。
以前のレナードなら、ただ圧倒的に強いだけだった。自分が勝つことしか考えていないように見えたこともある。
けれど今は違う。
相手の動きをちゃんと見て、必要以上に力を出さず、どうすれば強くなれるかまで考えて教えている。
イオリは何も言わず、もう一度自分の剣を構え直した。
◇
合同修行は、それから数日続いた。
中でも分かりやすく変わったのはタケルだった。
大きな火球を一発撃ってすぐ疲れるのではなく、小さな火球を何発も正確に当てる。その方が魔力の消費も少なく、実戦ではずっと使いやすい。
「三発!」
タケルが杖を振ると、三つの火球が続けて飛び、離れた標的へ一発ずつ命中した。
「おおー!」
レナードが拍手する。
「やるじゃん!」
「ほんと?」
「焚き火三つ同時にいけるじゃん!」
「戦闘で褒めてって言ってるよね?!」
サキがそのやり取りを見て笑う。
「でも、ほんとに強くなったよね」
「う、うん」
【サキの好感度が少し上がりました】
レナードは浮かんだ表示を見て眉を上げた。
「修行でも上がんのかよ」
「頑張ってるからじゃない?」
「青春じゃん」
「異世界だけどね」
それぞれの成長も目に見えていた。
イオリは一人で前へ出すぎなくなり、サキは狙いが安定した。アヤコと魔物の連携は以前よりずっと速く、マイも回復の判断が早くなっている。
タケルも、まだ強いとは言えない。
それでも以前のようにレナードの後ろで見ているだけではなくなった。
「結構いい感じじゃん」
レナードが満足そうに頷くと、タケルが少し笑った。
「レナードのおかげでもあるよ」
「俺?」
「この人たちに頼んでくれたから」
「いや、頼んだだけじゃん」
「それができるのがすごいんだよ。僕なら絶対声かけられないし」
「普通に言えばいいだけじゃん」
「それができないんだって……」
レナードは本気で分からないような顔をして首を傾げた。
◇
合同修行最終日。
全員が訓練を終え、片づけを始めていた時だった。
「レナードさん」
後ろから声をかけられ、レナードが振り返る。
そこには、トップパーティーの女剣士が立っていた。
「今日もありがとうございました」
「全然。俺も楽しかったし」
「その……」
女剣士は少しだけ視線を逸らした。
「レナードさんって、思ってたより優しいんですね」
「思ってたより?」
「最初はもっと、自信家で近寄りにくい人かと思ってました」
「自信家ではあるけどね」
「そこは否定しないんですね」
女剣士が思わず笑う。その頬は、ほんの少し赤くなっていた。
「また、個人的にも剣を教えてもらえたら嬉しいです」
「いいよー」
「本当ですか?」
「うん」
女剣士はぱっと表情を明るくし、
「ありがとうございます!」
嬉しそうに去っていった。
レナードはその背中を見送りながら首を傾げる。
「何あれ」
少し離れた場所で見ていたタケルが、言いにくそうに口を開いた。
「レナード」
「何?」
「たぶん、その人……」
「何?」
「レナードのこと好きなんじゃない?」
「俺?」
「うん」
「マジ?」
◇
ギルドへ戻ると、今度は受付嬢がレナードの姿を見つけて笑顔になった。
「レナードさん、お疲れ様です」
「お疲れー」
「合同修行、今日までだったんですね」
「そうそう」
「少し寂しくなりますね」
「なんで?」
「毎日レナードさんが長くいらっしゃったので」
「俺いつも来てるじゃん」
「そうですけど……」
受付嬢は少し照れたように笑った。
「実は、前から素敵な方だなって思ってたんです」
「……え?」
レナードの動きが止まる。
タケルまで横で固まった。
ちょうど別の冒険者に呼ばれた受付嬢は、そのまま仕事へ戻っていく。
レナードはしばらく動かずにいたが、やがてゆっくりタケルへ顔を向けた。
「今の」
「うん」
「どういう意味?」
「そのままじゃない?」
「俺のこと好き?」
「たぶん」
「……」
レナードは改めて周囲を見回した。
さっきの女剣士。
受付嬢。
考えてみれば、最近やけに話しかけてくる女性冒険者も何人かいる。
「待って」
「何?」
「俺、モテてる?」
「……そうかも」
「マジで?」
「うん」
レナードの顔がみるみる明るくなっていった。
「ついに?」
「何が?」
「来た?」
「何が?」
レナードは勢いよく両手を広げた。
「俺の時代キターーーー!!!」
ギルド中に声が響き、近くにいた冒険者たちが一斉に振り返る。
そして次の瞬間。
【イオリ】
【爆弾危険度が上昇しました】
「……」
レナードの笑顔が固まった。
「早っ!!!」
タケルが額を押さえる。
「そりゃそうだよ……」
「今の聞いてた?!」
「同じギルドにいるんだから聞こえるよ!」
レナードは慌ててイオリを探した。
少し離れた場所で、こちらに背を向けて歩いていく姿が見える。
「イオリ!」
レナードが大声で呼ぶ。
イオリは振り返らない。
「いや冗談!」
さらに声を張り上げる。
「イオリ一筋だから!!」
ギルド内が一瞬、妙に静かになった。
タケルが顔を覆う。
「それもっと恥ずかしいよ……」
「だって爆弾!」
「本人の前で叫ばなくても……」
イオリはそのまま角を曲がって姿を消した。
レナードは不安そうに見送りながら、タケルへ小声で聞く。
「……やばい?」
「どうだろ」
「また水?」
「水で全部解決すると思わないでよ」
「じゃあ何すんの?!」
◇
その頃、ギルドの廊下を一人で歩いていたイオリは、人の気配がなくなったところでふと足を止めた。
『イオリ一筋だから!!』
あれだけ大声で言われれば、聞きたくなくても聞こえる。
さっきのレナードの声が、まだ耳に残っていた。
「……ほんと、ばかだなぁ……」
呆れたように小さく呟きながらも、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。




