第12話 自然な好感度
今回の依頼は、これまでとは少し違っていた。
街から半日ほど離れた山中にある大型ダンジョン。その深部で魔物の数が急激に増えており、数日かけて内部を調査しながら討伐してほしいという内容だった。
日帰りでは戻れない。
つまり。
「泊まり?」
依頼書を読んだレナードが、少し楽しそうに顔を上げる。
「うん。最低でも一泊は必要だと思う」
タケルが答えた。
「ダンジョンで?」
「途中に安全地帯があるから、そこにテント張る」
「マジで冒険じゃん!」
「今まで何だと思ってたの……」
「ギャルゲー」
「そっちが先に出るんだ」
イオリたちも装備を確認しながら集まってくる。
今回は長期戦になるため、いつもより荷物も多い。水、保存食、薬、毛布、簡易テント。
レナードは荷物を見ながら眉を寄せた。
「これ全部持ってくの?」
「必要だから」
「俺、剣だけでよくない?」
「ダメ」
「勇者って荷物係もやんの?」
「冒険者だからね……」
◇
ダンジョンは、入口からして今までのものとは規模が違った。
岩壁の間にぽっかりと開いた巨大な穴。その奥には、薄暗い通路がどこまでも続いている。
中へ入ると空気はひんやりしていて、壁には青白く光る鉱石が点々と埋まっていた。
「雰囲気あるじゃん」
レナードが周囲を見回す。
「こういうの好きそうだね」
「好き好き。宝箱とかありそうじゃん」
「罠もあるよ」
「それは嫌」
先頭はイオリ。
その少し後ろをレナードとサキが歩き、アヤコとマイ、タケルが続く。
今回は以前のように、レナードが一人で突っ走ることはなかった。
「右、なんかいる」
アヤコが先に気づく。
暗がりから現れたのは、数体のウルフ型の魔物だった。
「サキ、右いける?」
「うん!」
「アヤコ左お願い」
「分かった」
レナードは剣を抜きながら、タケルを見る。
「タケル、火出せる?」
「出せるよ!」
「じゃあ後ろ頼む」
「火しか使えないみたいに言わないでよ!」
「だって今一番使えるじゃん」
「まあ……そうだけど」
戦闘が始まる。
イオリが正面の一体を受け止め、サキの矢が別の魔物の足を止める。アヤコの魔物が横から回り込み、マイは傷ついた者をすぐに回復する。
そしてタケルも杖を構えた。
「火よ!」
以前とは比べものにならない大きさの火球が飛び出す。
魔物の身体へ直撃し、炎が大きく広がった。
「お!」
レナードが振り返る。
「ちょっと強くなってんじゃん!」
「ほんと?」
「前ライターだったのに」
「基準そこ?」
「今はチャッカマンくらい」
「全然褒めてない!」
それでもタケルは少し嬉しそうだった。
◇
数時間進んだところで、一行はダンジョン内の安全地帯へ辿り着いた。
広い空洞になっており、魔物が寄りつかない特殊な結界が張られているらしい。
「ここで今日は泊まろう」
タケルが荷物を下ろす。
「やっと?」
レナードはその場に座り込んだ。
「歩く方が疲れるわ」
「戦闘より?」
「戦闘一瞬で終わるし」
「基準がおかしいよ……」
それぞれがテントを張り始める。
マイとサキが食事の準備を始め、アヤコは魔物の餌を用意している。
タケルは焚き火の前にしゃがみ込んだ。
「じゃあ火つけるね」
「お」
レナードが見る。
タケルが杖を向ける。
「火よ」
ボッ。
一発で焚き火に火がついた。
「おおー!」
レナードが拍手する。
「どう?」
タケルが少し得意そうに聞く。
「焚き火に役立つじゃん!」
「戦闘で褒めてよ!」
「いやでも便利じゃん」
「魔法使いなんだけど……」
「生活魔法使い?」
「違うよ!」
サキが笑いながらパンを並べる。
「でも助かるよ。毎回火起こすの大変だし」
【サキの好感度が少し上がりました】
レナードが表示を見る。
「焚き火でも上がんの?!」
「役に立ってるからじゃない?」
「俺も荷物持ったけど!」
「それは普通だから……」
「差別じゃん!」
◇
食事を終える頃には、ダンジョンの中もすっかり静かになっていた。
外の時間は分からないが、体感ではもう夜だ。
イオリが剣を持って立ち上がる。
「最初の見張りは私がやる」
「一人で?」
レナードが聞く。
「結界はあるけど、念のためよ」
「じゃあ俺も付き合う」
「寝てていいわ」
「イオリが寝なよ」
レナードは少しだけ真面目な顔で言った。
「俺が見とくし」
イオリが一瞬、言葉を止める。
「……いいの?」
「全然」
「じゃあ少しだけお願いしようかしら」
「任せとき」
少し離れたところで、タケルがそのやり取りを見ていた。
レナードが小声で聞く。
「今のどう?」
「普通に良かったと思う」
「攻略?」
「いや、普通に」
「普通ってむずいんだよな」
「考えすぎなんだよ……」
◇
三十分後。
イオリが目を覚ました。
テントの外は静かだった。
「……レナード?」
返事がない。
外へ出る。
焚き火の横。
レナードは壁にもたれたまま、完全に寝ていた。
「……」
イオリはしばらく無言で見つめる。
そこへ、タケルがテントから顔を出した。
「寝た?」
「寝たわ」
「早いね……」
「自分で見張るって言ったくせに」
イオリは呆れたようにため息をつく。
しかし。
少しだけ口元が緩んだ。
「起こす?」
「……いい」
「え?」
「今日は私がやる」
イオリはレナードの横にあった毛布を取り、その肩へかけた。
「寝かせておけばいいわ」
タケルは何も言わず、少しだけ笑った。
◇
翌朝。
レナードは目を覚ますなり、毛布を見た。
「……誰これ」
「イオリ」
タケルが答える。
「マジ?」
「うん」
「優しいじゃん」
「見張り代わってもらったんだからね」
「俺、寝てた?」
「爆睡」
「……まあ、結果オーライっしょ」
「反省しないんだ……」
◇
ダンジョンの深部へ進むにつれ、魔物の数は一気に増えた。
ウルフ。
オーガ。
さらに今まで見たことのない大型の魔物まで混ざっている。
以前なら、レナードが全部一人で片づけていただろう。
だが今回は違った。
「イオリ、正面お願い!」
「分かった!」
「サキ、後ろから来てる!」
「任せて!」
「アヤコ、右!」
「この子に行かせる」
「マイ、タケル見て!」
「僕?!」
「一番死にそうだから!」
「そこは否定できないけど!」
レナードは自分が全部倒すのではなく、仲間の動きを見ながら必要な場所だけに入っていた。
イオリが押されれば援護し、サキの射線を邪魔しない位置へ敵を追い込む。
アヤコの魔物が動きやすいように敵を誘導し、マイの回復が必要な者を守る。
タケルの魔法が届く距離まで敵を近づけすぎない。
前までとは明らかに戦い方が変わっていた。
イオリもそれに気づいていた。
「レナード!」
「何?」
「左!」
「了解!」
言われるより早く、レナードが敵の前へ入る。
剣を振り抜き、そのまま次の敵へ向かう。
戦闘は長引いたが、誰か一人だけが活躍することはなかった。
全員で。
少しずつ。
確実に奥へ進んでいく。
◇
そして。
最深部。
巨大な石扉を開けた先には、広い空間が広がっていた。
その中央。
三つの頭を持つ巨大な魔獣が鎖を引きずりながら立っている。
三つの口から炎が漏れ、六つの目が一斉にこちらを睨んだ。
「……ケルベロス?」
レナードが目を輝かせる。
「似てるけど別物だと思う」
タケルが答える。
「強い?」
「かなり」
「俺いっていい?」
「今回はいいよ」
「よっしゃ!」
レナードが剣を抜く。
その瞬間、三つ首の魔獣が咆哮した。
炎が一斉に吐き出される。
レナードは地面を蹴り、高く跳んだ。
炎の上を飛び越え、そのまま一つ目の首へ剣を叩き込む。
魔獣が暴れる。
二つ目の頭が牙を剥く。
レナードは身体をひねってかわし、その鼻先を蹴り飛ばした。
「うわ、やっぱ強ぇ!」
「楽しそうに言わないで!」
タケルの叫び声が飛ぶ。
三つ目の頭が背後から噛みつこうとする。
レナードは剣を逆手に持ち替え、そのまま振り抜いた。
一閃。
巨大な魔獣の身体がぐらりと揺れる。
最後に地面を蹴り、一気に頭上へ跳ぶ。
「終わり!」
剣を真下へ振り下ろした。
轟音。
魔獣の巨体が地面へ崩れ落ちる。
「……」
静寂。
レナードは剣を鞘へ戻し、振り返った。
「終わったよー」
今回は。
「俺かっこいいー!」
とは言わなかった。
代わりに。
「みんな怪我ない?」
一瞬。
イオリが少しだけ目を見開いた。
「……大丈夫」
「そっか」
レナードはそれだけ言うと、倒れた魔獣の方へ戻っていった。
◇
数日後。
一行は無事に街へ戻った。
ギルドで依頼達成の報告を済ませたあと、レナードはいつものように好感度表を開く。
【イオリ】
レナード:52
タケル:62
【サキ】
レナード:46
タケル:82
【アヤコ】
レナード:45
タケル:69
【マイ】
レナード:48
タケル:75
「……」
レナードの目が止まる。
「タケル」
「何?」
「イオリ上がってる」
「うん」
「結構」
「うん」
「俺、今回なんかした?」
タケルが少し考える。
「戦った」
「いつもじゃん」
「みんなに合わせて」
「……」
「見張りもした」
「寝たけど」
「寝たね」
「水も渡してない」
「うん」
「髪も褒めてない」
「うん」
「コスメも聞いてない」
「それはずっと聞かなくていい」
「イベントも踏んでないよな?」
「たぶん」
レナードは好感度表をもう一度見る。
確かに上がっている。
「……俺」
「うん?」
「なんもしてないのに上がってね?!!」
ギルド中に声が響いた。
タケルは少し笑う。
「何もしてないわけじゃないと思うよ」
「何した?」
「普通に一緒に冒険した」
「それだけ?」
「うん」
「それで上がんの?」
タケルは少しだけ考えた。
「人だからね」
「……」
レナードは黙る。
数秒後。
「ゲームどこいった?!」
「そこに気づくんだ……」
タケルが笑う。
レナードはまだ納得できない顔のまま、好感度表を見つめていた。
けれど。
少しだけ。
今までとは違う上がり方だった。




