隠れヤンデレ発見
「綾人の隣は、私の特等席だと思っていたのに」
橘 琴音は、教室の隅から、綾人の腕に嬉しそうに抱きつく結衣の姿を、爪が手のひらに食い込むほど強く握りしめて睨みつけていた。
私と綾人は、家が隣同士の幼馴染だ。
昔から優しくて、ちょっとお人好しで、私が困っているといつも助けてくれる彼に、私はずっと前から密かに想いを寄せていた。
綾人は鈍感だから私の気持ちには全く気づいていなかったけれど、それでもよかった。彼の隣で一緒に笑い合える「一番身近な女の子」のポジションは、間違いなく私だったからだ。
特にここ数年、綾人は妹の結衣から酷い「塩対応」を受けていた。
「うざい」「話しかけないで」。そんな冷たい言葉を投げつけられ、落ち込む綾人の愚痴を聞いて慰めるのは、いつだって私の役目だった。
『気にすることないよ。ただの思春期だって』
そう慰めながら、私の心の奥底には、決して誰にも言えない黒い優越感があった。
(このまま結衣ちゃんは綾人を嫌ってればいい。綾人を支えてあげられるのは私だけなんだから)
時間をかけて、少しずつ綾人との距離を縮めて、いつか告白しよう。
そうやって大切に、大切に温めてきた私の淡い恋心は――ある日突然、無惨に踏みにじられた。
『だって私とお兄ちゃんは、もうただの兄妹じゃないですから』
数日前の放課後、綾人にまとわりつく結衣から放たれたあの言葉。
そして、私に向けられた、あの絶対零度の瞳。
(なによ、あれ……っ!)
思い出すだけで背筋が粟立ち、同時に腹の底からドロドロとした憎しみが湧き上がってくる。
学園一の美少女? 高嶺の花? ふざけないで。
あの子の皮を一枚剥げば、そこにいるのは綾人を自分だけのものにしようとする、恐ろしい執着を持ったバケモノだ。
『あまり私のお兄ちゃんに馴れ馴れしくしないでくれます?』
あの時の結衣の目は、本気で私を「排除」しようとする人間の目だった。
恐怖で声が出なかった。足がすくんで、引きつった笑いを浮かべて逃げることしかできなかった自分が情けなくて、悔しくて、夜も眠れなかった。
「……泥棒猫のくせに」
琴音の口から、ギリッと歯軋りのような声が漏れる。
結衣が綾人と血が繋がっていないと知ったのは、つい最近のことらしい。それなら、ただの「後から来た女」じゃないか。
(私が、ずっと綾人のそばにいたのに。結衣ちゃんが綾人をゴミみたいに扱って避けていた間も、私がずっと彼を励ましてきたのに!)
都合よく「ただの女」に掌返しをして、圧倒的な美貌と「妹」というこれまでの特権をフル活用して綾人を縛り付ける結衣が、琴音は憎くて憎くてたまらなかった。
綾人は戸惑いながらも、結衣の異常性に気づいていない。ただの「甘えん坊に戻った妹」として、あのバケモノに毒牙を突き立てられていることすら知らずに、ズルズルと絡め取られている。
「綾人は、私が守らなきゃ……っ」
しかし結衣は、琴音が綾人に少しでも好意の視線を向ければ、必ずそれを察知して振り返り、綾人の死角から「次はないぞ」とでも言いたげな、底知れぬ漆黒の笑みを向けてくるのだ。
愛する人を奪われるかもしれない焦燥。
圧倒的な美貌と狂気を持つ妹への煮えたぎる憎悪
(許さない……絶対に、許さない。結衣ちゃん、あなたがその気なら、私だって――)
ドロドロとした情念の火花が、琴音と結衣の間で音を立てて煮えたぎって、発火寸前となっていた。




