ヤンデレ四重奏
ヨーロッパの歴史ある音楽院。
高い天井とステンドグラスから差し込む光の下で、綾人は一人、チェロの弓を激しく走らせていた。
(……くそっ、また結衣に勝手にGPS付きの腕時計を仕込まれてた! 昨日の夜は琴音が手作りのフルコース(精力剤入り)を持ってくるし、今日の午後は志乃先生の特別個人面談(という名の監禁)が入ってる……っ!)
異国の地に来てまで、息つく暇もない四人からの猛烈な愛の波状攻撃。
逃げ場のない極限のストレスと、「自分の音楽を確立しなければ」という焦り。それらが複雑に絡み合った綾人の感情は、無意識のうちにチェロの音色へと乗り移っていた。
技術的にはまだ荒削りだ。だが、その音には、命の危機に瀕した者のような凄まじい「情念」と「生への渇望」が宿り、聴く者の魂を激しく揺さぶる魔力を持っていた。
「……ふぅっ」
綾人が最後のフレーズを弾き終え、弓を下ろした、その瞬間だった。
「Bravo……!! 素晴らしいわ、東洋の男の子!」
「えっ!?」
パチパチパチッ! と響き渡る拍手と共に、練習室のドアを優雅に開けて入ってきたのは、一人の少女だった。
輝くようなプラチナブロンドの髪、宝石のように澄んだ碧眼。白く透き通る肌に、仕立ての良さが一目でわかる制服を上品に着こなしている。
「あ、あなたは……?」
「私はセシリア。セシリア・フォン・ローゼンベルク。この音楽院の特待生よ」
セシリア――その名を聞いて、綾人もハッとした。
彼女は、ヨーロッパの名門貴族の令嬢にして、若くして国際コンクールを総なめにする『100年に一人の天才チェリスト』として、学内でも有名な超VIPだった。
「あ、あの、セシリアさんが俺に何の用……わわっ!?」
セシリアはツカツカと歩み寄ると、有無を言わさず綾人の首に両腕を回し、熱烈なハグを見舞った。
「あなたのチェロ、とても荒々しくて、まるで野獣に追い詰められたような悲壮感と生命力に満ちていたわ! 私の周りの退屈な貴族たちには絶対に出せない、最高にエキゾチックな音色……。ねえ、私とデュオを組みなさい! 音楽も、そして……プライベートな人生のパートナーとしてもね♡」
ウインク一つで国が傾きそうなほどの、圧倒的な美貌と、西洋ならではのストレートすぎる愛情表現。
綾人があまりの展開に顔を真っ赤にしてフリーズした、まさにその時。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
練習室の空気が、一瞬にしてマイナス数十度まで凍りついた。
セシリアが「Oh?」と振り返ると、いつの間にか練習室の四隅から、尋常ではない殺気を放つ四つの影が立ち上がっていた。
「……お兄ちゃんの唇の横に、泥棒猫の唾液が……。消毒しなきゃ。念入りに……」
清掃員のユニフォームに身を包んだ結衣が、モップの柄をへし折りながら呟く。
「あらあら……現地の食材はアクが強すぎるようね。私が綺麗に『三枚おろし』にして差し上げないと」
なぜか音楽院のカフェテリアのコック帽を被った琴音が、巨大な肉切り包丁を研ぎ始める。
「おい金髪。ウチのセンパイに気安く触ってんじゃねーッスよ。その腕、チェロ弾けないようにへし折ってやるッス」
背中にチェロケースを背負った特待生の凛が、バキバキと指の関節を鳴らす。
「名門ローゼンベルク家の令嬢だろうと関係ないわ。教育的指導が必要な不良外国人がいるようね」
パリッとしたスーツを着こなし、ゲスト講師のネームプレートを下げた志乃が、冷たくメガネを光らせる。
「……君たちは? 彼のファンクラブかしら?」
セシリアは四人の異常な空気に一瞬怯みながらも、貴族のプライドで鼻で笑ってみせた。
「悪いけれど、彼は私がもらうわ。私なら、彼に最高の環境と、最高のチェロと、そして私の愛という最高の名誉を与えられるもの」
その言葉が、完全に地雷を踏み抜いた。
「「「「……上等じゃない(ッス/わよ)」」」
四人のヤンデレヒロインが、セシリアから隔離するように彼の前に横一列に並んで立ちはだかった。
志乃が代表して、冷酷な笑みを浮かべて言い放つ。
「少しばかり実家が太いからって、調子に乗らないことねお嬢さん。水瀬くんは、私たち『チーム・ジャパン』の共有財産よ。海の向こうから来た野良猫に、指一本触れさせる気はないわ」
「えっ……共有財産?」
セシリアが目を白黒させている背後で、綾人は恐怖で顔を引きつらせていた。
(嘘だろ……あんなに血で血を洗う殺し合いをしてた四人が、『共通の敵(海外の超絶美少女)』が現れた瞬間に、一時的な同盟を組んだ!?)
「勝負よ、セシリア! お兄ちゃんとの放課後の練習権を賭けて、私が相手になるわ!」
「綾人の胃袋も貞操も、大和撫子が守り抜くわよ!」
「フン……面白いわね、極東の魔女たち。受けて立つわ!」
セシリアも負けじとチェロを構え、火花を散らす。
かくして、異国の由緒正しき音楽院は、綾人を巡る「ヨーロッパの天才貴族令嬢」VS「日本の最強ヤンデレ四重奏」という、かつてない規模の国際抗争(グローバル修羅場)の舞台へと変貌を遂げた。
「あの……俺、ただ静かにチェロの練習をしたいだけなんですけど……」
綾人の弱々しい呟きは、五人の少女たちが巻き起こす愛と狂気の不協和音にかき消され、今日もヨーロッパの美しい空へと空しく吸い込まれていくのだった。
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