タロットに全てをかけて
退学届と婚姻届が目の前に突きつけられた絶望の密室。
四人のヤンデレが「完全なる共有」という最凶の協定を結び、綾人の貞操と人権が永遠に失われようとした、まさにその時。
「ま、待ってくれ!!」
綾人は悲痛な叫び声を上げた。
「往生際が悪いわよ、水瀬くん。もうあなたが選ぶ余地はないの」
志乃が冷たく言い放つが、綾人は首をブンブンと横に振った。
「違う! 俺の全人生をみんなに委ねて、外界から完全に隔離された環境へ移るんだぞ……! それだけの大事な事なんだぞ!? その前に、一度だけ占わせてほしい。俺の、これからの運勢を……!」
「占い……?」
結衣が不思議そうに小首を傾げる。
綾人は震える手で、学生鞄の奥底から『タロットカード』の箱を取り出した。
「綾人……あなた、なんで学校にそんなものを持ち歩いているの?」
琴音が怪訝な顔をして尋ねる。
「……最近、俺の日常が波瀾万丈だから、毎朝、その日の運勢や、今日どう動けば無事に過ごせるかをタロットで占うのが日課になってるんだよ……!」
ヤンデレたちに振り回されるあまり、日々の登下校ルートから生存確率の確保まで、タロットにすら、すがりつく綾人。
四人は思わず毒気を抜かれたように黙り込んだ。
綾人は音楽室の床にバサァッ!とタロットカードを広げ、真剣極まりない、何かに憑かれたような眼差しでシャッフルし始めた。
「……出た」
綾人は床に並べたカードから、素早く一枚をめくって見せた。
雷に打たれて崩壊する塔が描かれたカード――『塔(The Tower)』の正位置だった。
「みんな、見てくれ。このまま四人で俺をシェアした場合の未来だ」
「そ、それがどういう意味なのよ、綾人」
琴音がゴクリと喉を鳴らした。
綾人は神妙な面持ちで、もっともらしい言葉を紡ぎ出す。
「……四人で等分して俺を管理するなんて、お前たちにできるはずがない! 誰かがほんの少しでも俺に長く触れたり、抜け駆けしたりすれば、我慢していた嫉妬が連鎖して爆発する。四人の歪んだバランスは確実に崩壊し、いずれ共倒れになって血の海(修羅場)を生むと、運命が警告している!!」
「っ……!」
綾人の凄まじい熱量でのハッタリに、四人の顔に明らかな動揺が走る。
『完全なる共有』という妥協案が、実は自分たちの抑えきれない独占欲によって破滅を招く最悪の選択であると、運命のカードに突きつけられたのだ。
「だ、だけど……っ!」
綾人はすかさず、最後の裏向きのカードを一枚、勢いよくめくった。
天使の下で男女が惹かれ合うカード――『恋人(The Lovers)』の正位置。
「……運命の女神は、たった一つの『抜け道』を提示している」
綾人は低く、もっともらしい声で告げた。
「今日、たった一人で俺の手を引き、この部屋から連れ出してくれた『真の運命のパートナー』……これから先の人生を、その一人にだけ全て委ねるのなら、俺の運勢は最高潮に達し、永遠の幸せが約束されると!!」
ピシリ。
音楽室の空気に、決定的な亀裂が入る音がした。
((((……たった、一人。))))
四人の瞳の奥で、一度は鎮火したはずの『独占欲』という名の猛火が、爆発的な勢いで再発火した。
「四人で地獄に落ちるか、たった一人が永遠の幸せを手に入れるか……お前達はどの運命を望むんだ……!?」
綾人のその一言が、引き金だった。
「……やっぱりお兄ちゃんを一番愛してるのは、妹の私だよっ!!」
結衣が隠し持っていたカッターをシャキッと鳴らし、真っ先に動いた。
「ふざけないで! 恋人のカードが示すのは絶対に幼馴染の私よ! 泥棒猫たちは引っ込んでなさい!!」
琴音が鞄からスタンガンを取り出し、バチバチと青い火花を散らす。
「クソ喰らえッス! 先輩の行き先は、私の部屋のベッドの上だけッスよ!!」
凛がパイプ椅子を軽々と振り上げ、咆哮する。
「ええい、小娘ども! 占いごときに振り回されて協定を破る気!? 水瀬くんの運命は、大人の私が独り占めして完璧に管理するのよ!!」
志乃が教鞭を振りかざし、三人の少女たちへと飛びかかった。
「「「「私がお兄ちゃん(綾人 / センパイ / 水瀬くん)の運命よぉぉぉぉっ!!」」」」
ガシャンッ! ドゴォォン!! バリバリバリッ!!
先ほどまでの気味の悪いほどの連帯感は完全に消え失せ、音楽室は一瞬にして、四人のヤンデレが互いの命と綾人の独占権を削り合う、凄惨なバトルロイヤル会場へと逆戻りした。
「……今だッ!!」
四人が互いの髪を掴み合い、もつれ合って床を転げ回っている、まさにその隙。
退学届と婚姻届を掴んでビリビリに破り捨てると、自分の鞄を抱えて音楽室の鍵を猛スピードで開け放った。
「わりぃみんな! 俺、今日はまっすぐ帰るから!!」
「ああっ!? お兄ちゃん!?」
「待ちなさい綾人!!」
四人の怒号を背中で受けながら、綾人は夕暮れの廊下を猛ダッシュで駆け抜けていく。
(助かった……っ!! 毎朝タロット占いやってて本当によかったぁぁぁっ!!)
ヤンデレたちの「運命への盲信」と「異常な独占欲」を逆手に取り、見事に生き延びた綾人。
しかし、これはあくまで一時的な脱出に過ぎない。「自分こそがたった一人の運命のパートナーだ」と思い込んでしまった四人のヤンデレによる、さらに激化する追跡と誘惑の日々が、明日からまた彼を待ち受けているのである。
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