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僕の妹がこんなにヤンデレデレになるなんて〜狂い始める日常〜  作者: 虹の箸


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仁義なきGPSハッキングバトル

「……お兄ちゃん、どこに行こうとしてるの?」

放課後。ホームルームが終わるや否や、結衣は自室に駆け込み、スマホの画面を食い入るように見つめていた。

画面に表示されているのは、とある地図アプリ。その中心で点滅する赤いドットは、綾人の現在地を示している。

数日前から、綾人が放課後にチェロの練習をする空き教室に、あの忌々しい瀬戸凛と橘琴音が入り浸るようになった。結衣は流石に綾人の全ての行動を直接監視できないため、その間の時間帯の不安を解消するため、綾人のスマホに仕込んだGPS監視アプリをより頻繁にチェックするようになっていたのだ。

ところが今日。

チェロの練習をしているはずの綾人のドットが、なぜか学校を出て、隣駅の繁華街へと向かって移動し始めたのだ。

「……ありえない。今日はお兄ちゃん、図書委員の仕事があるからチェロの練習は休みって言ってたのに」

しかも、ドットが向かっている先は、高校生が立ち入るような場所ではない。隣駅の裏路地――通称『ホテル街』と呼ばれるエリアだった。

「……あの泥棒猫のどっちかと、まさか」

結衣の瞳から、一切の光が消え失せた。

ギリッ、とスマホの画面にヒビが入りそうなほど強く握りしめ、結衣は無言で立ち上がると、弾かれたように家を飛び出した。

隣駅のホテル街。

ネオンサインが夕闇に光り始める中、結衣は息を切らして赤いドットが示す座標――とあるラブホテルの裏路地へと辿り着いた。

コートのポケットに忍ばせたカッターナイフの冷たい感触を確かめながら、結衣は路地裏の角を曲がる。

「お兄ちゃ……っ!?」

しかし、そこに愛する兄の姿はなかった。

薄暗い路地裏の、汚れた室外機の上。そこにポツンと、見覚えのある『綾人のスマホ』だけが置かれていたのだ。

「……どういうこと?」

結衣が訝しげにスマホを手に取った瞬間、タイミングを見計らったかのように、そのスマホが震え、着信画面が表示された。

発信者は『瀬戸 凛』。

結衣が顔をしかめながら通話ボタンを押すと、スピーカーの向こうから、凛の嘲笑うような声が響いた。

『あははっ! もしもし? やっぱり食いついたッスね、水瀬先輩』

「瀬戸、凛……っ! あんた、どういうつもり!?」

『GPS監視アプリ、なんて。先輩、見た目によらずやることが古典的で陰湿ッスねぇ。この前、綾人先輩のスマホを覗き込んだ時に気づいたんスよ。だから今日、図書室で先輩にぶつかったフリしてスマホをすり取って、ウーバーの配達員のカゴにこっそり忍び込ませておいたんス、ほら、そういう施設を使う人たちって割とウーバー使うみたいなんで、バッチリはまりました、あははは〜』

凛は、電話の向こう――学校の廊下を歩きながら、勝ち誇ったように笑っていた。

『四六時中スマホを監視してるストーカーのあんたなら、点滅がホテル街に向かえば絶対血相変えてすっ飛んでいくと思ったッス。……これで、目障りな監視カメラ(妹)は完全に学校から引き離せたってわけッスよ』

「……あんたっ!」

『今、綾人先輩は「あれ、スマホがないぞ」って困ってるッス。そこに可愛い後輩の私が駆けつけて、一緒に探してあげるんです。あるはずもないスマホを……そのまま、誰もいない空き教室で、たっぷりと先輩の音と体を堪能させてもらうッスよ。じゃあ、私はこれから愛しの先輩と甘い時間を過ごすんで。ホテル街の散歩、楽しんでくださいねぇ!』

「待ちなさいっ!!」

結衣の怒号を無視して、通話は一方的に切られた。

まんまと出し抜かれた。自分が片道数十分かけてこんな場所まで誘い出されている間、あの後輩は学校で、お兄ちゃんと二人きりになる算段を整えていたのだ。

「……殺す。絶対に生かしておかない……!」

結衣は屈辱と怒りで顔を真っ赤に染め、綾人のスマホを強く握りしめた。

一方、その頃。学校の旧校舎。

(ふふっ、バカな妹ッスね。これで邪魔者はいないッス)

凛はご機嫌な鼻歌を歌いながら、空き教室のドアに手をかけた。橘琴音も今日は日直で忙しくしているのを確認済みだ。

スマホを無くして不安になっている先輩を優しく慰め、心臓ごと絡め取ってやる。

「綾人先輩〜! どうしたんスか、こんな所で……って、あれ?」

ガラッと勢いよく開けた教室に、綾人の姿はなかった。

あるのは、壁に立てかけられたチェロのケースだけ。

「……おかしいッスね。図書室の戸締まりをして、ここに来るはずなのに」

凛が首を傾げた、その時だった。

凛のポケットに入っていたスマホが『ピコン』と鳴った。

メッセージアプリからの通知。送り主は、橘琴音だった。

「……橘先輩? なんでこんな時に」

凛が怪訝な顔で画面を開き、添付されていた画像を見た瞬間――凛の顔から、一気に血の気が引いた。

画像にはオシャレなカフェで、向かい合ってパフェを食べている綾人と琴音のツーショットが写っていた。綾人は少し困ったように笑い、琴音は満面の笑みで綾人の腕に触れて、ピースサインを誰かに見せつけるかのようにしていた

そして、画像の下には短いメッセージが添えられていた。

『狂犬の相手をしてくれてありがとう、凛ちゃん。結衣ちゃんを遠くに連れ出してくれたおかげで、綾人を確保できたわ』

「な、は……!? ど、どういうことッスか……!?」

凛がギリッと歯を食いしばる。

メッセージには、さらに追記があった。

『結衣ちゃんが綾人のスマホにGPSを入れてたことも、凛ちゃんがそれに気づいてウーバーの自転車にスマホを入れたことも、全部知ってたわ。

だから、凛ちゃんが結衣ちゃんに電話をかけて得意げにネタバレしている隙に、私が綾人に声をかけたの。「スマホ落としたの? 一緒に探してあげる。でもその前に、少し休憩しよう」ってね。

ああ、心配しないで。スマホのGPSなんて当てにしなくても、綾人のチェロのケースの裏地と、通学カバンの底に、超小型の発信機を縫い付けてあるから。綾人の居場所は、いつでも私だけが知ってるの』

「…………っ!!」

その恐るべき事実を突きつけられ、凛は呆然と立ち尽くした。

結衣のIT監視スマホアプリを、凛がソーシャルエンジニアリング(すり替え)でハッキングし、完璧に出し抜いたはずだった。

しかし、そのさらに上をいったのが――『完全な物理トラッキング(盗聴・小型GPS)』を仕掛け、二人の行動を完璧に読み切り、凛が油断したほんの数分の隙を突いて綾人を連れ去った幼馴染、橘琴音だったのだ。

「あの、女……っ!! 一番まともな幼馴染のフリして、一番イカれたことしてたんスね……!!」

凛は激昂し、空き教室の机を思い切り蹴り飛ばした。

すぐさま、手元のスマホから結衣へと電話をかける。

ホテル街の路地裏で怒りに震えていた結衣は、画面に再び『瀬戸 凛』の文字が表示されたのを見て、殺意を込めて電話に出た。

「……今からあんたを殺しに学校に戻るわ、首洗って待ってなさい」

『……水瀬先輩』

「なに。震え声出して、今更命乞い?」

『……抜かれたッス』

「は?」

『橘先輩ッスよ……!! あの女、私たちが潰し合ってる隙に、綾人先輩をカフェに連れ込みやがったッス!!』

その報告に、結衣は一瞬言葉を失い、やがて前髪の影に隠れたその瞳に、漆黒の炎を宿して低く笑い始めた。

「ふふ……あははっ……! いいわ。やってくれるじゃない、琴音先輩」

『……笑い事じゃないッスよ。私有物に発信機縫い付けるとか、マジでストーカーの次元が違うッス』

「瀬戸さん。今日だけ、今この瞬間だけ……あんたと手を組むわ。あの泥棒猫の首根っこを引っこ抜くわよ」

『……望むところッス。橘先輩のあの余裕な顔、絶対に引き裂いてやるッス』

共通の『最強の敵』を前に、出し抜かれたヤンデレ二人が最凶のタッグを組んだ瞬間だった。

その頃。

駅前のオシャレなカフェ。

「ごめんな琴音。せっかく一緒に帰ってたのに、俺がスマホなんて落としたせいで付き合わせちゃって」

申し訳なさそうにパフェを食べる綾人に、琴音は聖母のように優しく、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。

「ううん、気にしないで綾人。困った時はお互い様でしょ? 私、綾人のためならなんだってできるんだから」

(そう……綾人には、私がいればいいの。私だけが、綾人の全てを把握して、綾人を守ってあげる)

琴音は綾人の顔を見つめながら、背筋が凍るような甘い優越感に浸っていた。

しかし、彼女はまだ気づいていなかった。

復讐と妄執の鬼と化した『妹』と『後輩』が、すぐそこまで迫ってきていることに――。


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