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『リプレイ・コード ―千年の記憶を、君の手首に結ぶまで―』  作者: Camelia
正解の檻にいる、正解のない君へ
2/15

現実と仮想

 到着したマンションは、僕の乏しい想像力を遥かに超えていた。

エントランスはホテルのように広く、エレベーターは吸い込まれるように音もなく上昇する。

「お邪魔し、ます……。わあ、すごい……」

通されたリビングに入った瞬間、僕は履き替えたばかりのスリッパで立ち尽くした。

床から天井まで届く大きな窓からは、宝石を散りばめたような東京の夜景が一望できる。家具はどれも洗練されていて、生活感というよりは、美術館の展示品のような清潔感があった。

「適当に座って。今、何か作るよ」

「あの、蓮さん、ここ、一人で住んでるんですか?」

「ああ。早く親元から早く離れたくて、大学生の時に。関係がうまくいってなくてね」

出されたのは、温かいココアだった。

一口飲むと、甘さが体に染み渡り、緊張が少しだけ解けた。

やがてキッチンから、食欲をそそる香りが漂ってきた。蓮さんがテーブルに並べたのは、彩り豊かなパスタと温かいスープだった。

「……食べていいんですか?」

「遠慮せずどうぞ」

促されるまま、パスタを口に運ぶ。

「おいしい……! こんなに美味しいもの、食べたことない気がします」

「大げさだな。レシピ通りに作っただけだ」

蓮さんは自分の分には手をつけず、タブレットで何かのコードを眺めている。

僕は夢中で食べた。温かい料理が胃に落ちるたび、自分が「生きている」という感覚が戻ってくる。

「食べ終わったら風呂に入るといい。着替えは脱衣所に置いておくから」

借りたパジャマは、僕には少し大きめのシルク製だった。肌触りが良すぎて、逆にそわそわしてしまう。

「……今日は、その部屋を使っていい。何かあったら呼んでね」

案内されたゲストルームも、僕には勿体ないくらい綺麗だった。

ふかふかのベッドに横たわると、一日の疲れが重い砂のように体に溜まっていることに気づく。

「あの、蓮さん」

「なんだい」

「……助けてくれて、ありがとうございました」

ドアを閉めようとしていた蓮さんの手が、一瞬だけ止まった。そして少し笑みを浮かべ、

「……礼を言われるようなことじゃない。俺が、そうしたかっただけだ」

パチリ、と電気が消える。

暗闇の中、僕は自分の手首を無意識に握った。

(正しい、世界……)

ニュースの声が耳の奥でリフレインしながら僕は重い瞼を閉じた。

重く、深い眠りの底へと沈んでいく感覚があった。

意識が遠のき、重力が消えていく。

(……温かい)

ふいに、頬を撫でる風の柔らかさに気づいて、僕は目を開けた。

「えっ……?」

思わず声が漏れた。

そこは、さっきまでいた蓮さんのマンションでも、冷たい高架下でもなかった。

視界いっぱいに広がっていたのは、信じられないほど透き通った夜空と、光を反射してキラキラと輝く運河の街。建物はどれも白亜の石造りで、窓辺には色とりどりの花が咲き乱れている。

「……夢、なのかな」

足を踏み出すと、石畳の感触が驚くほどリアルに伝わってくる。

驚いたのは、街を行き交う人々だった。

現実の東京にいた「感情の欠落した人々」とは、明らかに違っていた。

「わあ、見て! あの花、すごく綺麗!」

「本当だね、次の角のカフェに寄っていこうか」

あちこちから笑い声や、弾むような話し声が聞こえてくる。誰かの肩がぶつかれば「おっと、ごめんよ!」と快活な声が返ってくる。

そこには、僕がさっきまで感じていた不気味な気配は微塵もなかった。

あまりにも美しく、あまりにも“人間らしい”世界。

僕はその眩しさに圧倒され、迷子のように立ち尽くしてしまった。

「――ふふ。初めまして。迷い込んじゃったかな?」

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