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『リプレイ・コード ―千年の記憶を、君の手首に結ぶまで―』  作者: Camelia
正解の檻にいる、正解のない君へ
1/15

目覚めた場所は、記憶のない東京だった

目覚めたとき、そこは深夜の東京だった。

自分の名前も、ここにきた理由も、何も思い出せない。

完璧に管理された、この世界の「正解」。

繰り返される、穏やかで残酷な「日常」。


僕は、誰だ。

僕は、何をしにここへ来た。


そして僕は「リプレイ」という謎の世界に入り込む。

そこで僕は彼女に出会ったのだ。

記憶の断片が繋がるとき、僕は運命に抗うための「バグ」になる。

ーーこれは、正解だけが許された世界で、たった一度だけ起きた『美しい間違い』の物語ーー



(ダメだよ!助けなきゃ!)(絶対に……!)

脳裏にこびりつく、叫び。

――!!

激しい耳鳴りと、心臓を直接掴まれたような衝撃に弾かれ、僕は目を開けた。

視界に飛び込んできたのは、チカチカと点滅する毒々しいネオンサイン。湿ったアスファルト。夜だというのに、人々の歩みが止まらない不夜城・東京。

「……あれ? 僕は、何を?」

記憶の断片が、水面に映る月のようにゆらゆらと定まらない。自分がなぜ、こんな路地裏に棒立ちしているのかが思い出せなかった。

ふと、ビルの窓ガラスに映る自分を見る。……可もなく不可もない、どこにでもいる少年の姿だ。白のダボっとしたロンTに、少し着古したデニム。高校生くらいだろうか。

「……君。ちょっといいかな」

背後からの硬い声に肩が跳ねた。振り返ると、鋭い眼光を向ける警察官が立っていた。

「こんな時間に何をやっているんだ? 未成年だろう」

時刻は23時を越えたところ。

まずい、と思った。不安のせいか僕は左手首を無意識に握っていた。

ここで「いつの間にかここにいた」なんて正直に言ったところで、アホな言い訳として処理されるのがオチだ。

「っ……!」

反射的に体が動いた。反対方向へ向けて、地面を蹴る。

「あっ! 待ちなさい!」

背後で怒鳴り声がしたが、耳には入らない。迷路のような路地を、心臓の音だけを頼りに一目散に駆け抜けた。


数分後。高架下の暗がりに逃げ込み、僕はズルズルと座り込んだ。

なんとか撒くことはできたようだ。

「はぁ、はぁ……疲れた。……意外と、走れるもんだな……」

安堵した途端、腹の底から情けない音が鳴り響いた。

強烈な空腹。そして、逃走の緊張が解けたせいか、泥のような眠気が一気に押し寄せてくる。

(少しだけ……仮眠を……)

重い瞼を閉じた、その時だった。

「おい。大丈夫か?」

不意に声をかけられ、弾かれたように目を開ける。

そこには、30歳手前くらいの男が立っていた。整えられた髪に、隙のない服装。淀みのない立ち振る舞いからは、この薄汚れた高架下には不釣り合いな「品の良さ」が漂っていた。

「意識は……あるようだな。名前は言えるか? 家はどこだ?」

名前。……思い出せない。自分のことなのに、霧がかかったように何も。

困惑する僕を見て、男は静かに、けれど有無を言わせない響きで呟いた。

「ここじゃ風邪を引くだろう。……うちに来るか?」

「いや……大丈夫、です」

断ろうとした瞬間、空腹の悲鳴が再び高架下に響き渡った。

僕は顔を真っ赤にしてうつむく。

それを見た男は、ふっと口角を上げた。冷徹そうな印象を裏切る、年相応の柔らかな苦笑。

「腹が減っているんだろう? 無理は良くない。人間、食って寝なきゃ何も始まらないからな」

男はそう言って、僕の手を引いた。その手の温かさに毒気を抜かれ、身体の限界もあって、僕は大人しくついていくことにした。

「俺の名前は、日比野 蓮。しがないシステムエンジニアだ。……まあ、気軽に話しかけてくれ」

怪しい雰囲気はない。むしろその声からは、深い孤独を知っている者に特有の、静かな優しさが滲み出ているようだった


夜の東京は、眠ることを忘れた巨大な機械のようだった。

蓮さんの後ろを歩きながら、僕は街の景色を盗み見るように眺めた。

「……すごいな」

ビルの壁面を覆う巨大なデジタルモニターが、鮮やかな光を放っている。映し出されていたのは、最新の経済ニュースだ。

『――8月10日。――本日の国民幸福指数は過去最高を更新。政府が掲げた政策により、待機児童および就労ミスマッチは事実上のゼロを継続しています。日本は今、歴史上最も“正解”に近い場所へと進んでいます……』

キャスターの声は心地よく、流暢だった。まるで一分の隙もない、完璧に調律された楽器の音色。

歩道を通り過ぎる人々も、一様に穏やかな表情を浮かべている。

「……ねえ、明日のランチ、どうする?」

「駅前のイタリアンとかいいんじゃない?その後の行動を考えるとそこがいいと思うな」

「そうだね。それが一番効率的ね」

すれ違いざまに聞こえた男女の会話に、僕は足を止めそうになった。

言葉の内容はスムーズだ。けれど、何かが足りない。笑い声に熱がなく、驚きに震えがない。まるで、あらかじめ決められた台本を読み上げているような。

「……少年?」

前を歩く蓮さんが、振り返って声をかけた。

「あ、すみません。蓮さん……なんだか、この街、静かですね。人はこんなにたくさんいるのに」

「そうか? 俺はこれが今のスタンダードだと思っているから特に違和感は感じないな」

蓮さんの背中は、冷たいビルの光を反射して、どこか孤独に見えた。

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