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『リプレイ・コード ―千年の記憶を、君の手首に結ぶまで―』  作者: Camelia
正解の檻にいる、正解のない君へ
13/15

未来を変えるために

「……うちに来るか?」

蓮さんの差し伸べた手。以前の僕なら、そこに救いを見ていた。けれど今の僕が見ているのは、その指先が叩く冷酷なアンインストールのキーボードだ。

「……はい。お願いします」

僕は震える声を抑え、怯えた迷い子のふりをして彼のマンションへ足を踏み入れた。

一週間。リミットは8月17日。

その日、蓮さんが書斎でアイを消去するプログラムを起動する前に、彼を無力化しなければならない。

翌日、僕は「街に慣れたい」と嘘をついて、ショッピングモールへ向かった。

監視カメラの目を盗み、ドラッグストアの隅で、強い催眠作用のある導入剤を手に入れる。

(……ごめんなさい、蓮さん)

ポケットの中で薬の瓶を握りしめる。

彼は「正解」のためにアイを消そうとしている。僕は「愛」のために彼を眠らせる。

どちらも自分のエゴだ。けれど、僕はもう迷わない。

その夜、僕は早々にベッドに入り、祈るように意識を沈めた。

二度目の、けれど僕にとっては「再会」の場所へ。

目を開けると、そこはあの懐かしい運河の街だった。

夕暮れの色、潮の香り、そして――。

「初めまして。迷い込んじゃったかな?」

背後から聞こえた、聞き間違えるはずのない声。

僕は勢いよく振り返った。そこに立っていたのは、まだ「消去」の影すら知らない、無邪気に微笑むアイだった。

「……ア…」

思わず名前を呼びそうになり、僕は寸前で言葉を飲み込んだ。

今の彼女にとって、僕はただの「初めて会う迷い子」でしかない。

アイはくすくすと笑い、僕の顔を覗き込んだ。

その瞳の輝きを見るだけで、胸が張り裂けそうになる。

彼女を、あの冷たい光の粒子になんてさせない。絶対に。

「……僕は、めぐる。君に、会いに来たんだ」

「…めぐる? 素敵な名前だね。」

アイが僕の手を取ろうとして、ふと僕の左手首に目を留めた。

そこには、彼女が「未来」で僕に贈った、あのミサンガがあった。

「……。」

アイは少し目を丸くしたが、すぐに平常に戻った。

僕は彼女の手を、今度は自分から強く握り返した。

「アイ。……16日に、この街で夏祭りがあるよね」

「えっ、どうして知ってるの? 」

驚くアイに、僕は精一杯の笑顔を作って告げた。

「約束して。その日、必ず僕と一緒に花火を見よう。何があっても、僕が君を守るから」

アイは目を丸くしていたが、やがて顔を赤らめ、嬉しそうに頷いた。

「……うん。約束だよ、めぐる!」




8月16日

街のあちこちに吊るされた提灯が灯り、遠くから聞こえるお囃子の音が、祭りの始まりを告げている。

「めぐる、こっちだよ!」

浴衣姿のアイが、人混みの向こうで弾むように手を振った。

淡い水色の浴衣に、白い花。その姿は、僕が前回見たものと同じく、世界で一番綺麗な景色だった。

「ごめん、待たせたかな」

「ううん、全然! さあ、行こう。今日は魔法の時間なんだから!」

アイは僕の手を取り、賑やかな屋台の列へと駆け出した。

型抜き、金魚すくい、ソースの焦げる匂い。

二人で笑い合いながら、焼きそばを分け合い、甘い綿菓子を頬張る。

(……この笑顔を、明日、僕は守り抜かなければいけないんだ)

隣で笑うアイを見るたび、胸の奥が熱く、そして冷たく締め付けられる。

明日、17日。僕は現実世界で蓮さんを眠らせ、彼女を消去の運命から引きずり出す。

この幸せな時間は、戦いの前の、ひとときの猶予に過ぎない。

やがて、祭りの喧騒が少し落ち着き始めた頃、僕たちは小高い丘へと登った。

そこからは、お祭りの明かりが宝石を撒いたように美しく見渡せた。

ドォォォォン……!

その時、一発目の花火が夜空を震わせた。

大輪の光が、アイの横顔を鮮やかに、そして儚く照らし出す。

「綺麗だね、めぐる……」

「……ああ、本当に」

僕は、彼女の隣に座り、あえてその手には触れなかった。

今、この不完全な幸せを噛みしめる代わりに、明日の決意を固めるために。

次々に打ち上がる花火の光の中で、アイは静かに瞳を閉じ、祈るように手を合わせていた。

その願いが何なのか、僕にはわからない。

けれど、明日、僕が手にする「正解」の中に、必ず彼女の笑顔があることだけは、心に深く誓っていた。

花火が終われば、この魔法の夜は明ける。

そして、すべてが決まる「8月17日」がやってくる。

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