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『リプレイ・コード ―千年の記憶を、君の手首に結ぶまで―』  作者: Camelia
正解の檻にいる、正解のない君へ
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変わる歴史

アイが消えた。

光の粒子となって空に溶けた彼女の最期の笑顔が、網膜に焼き付いて離れない。

リプレイの世界は、あるじを失った空箱のように、ただ冷たく、静まり返っていた。


僕は、動かなくなった時計台の根元に崩れ落ちた。

秒針は、彼女が消えた瞬間の「2時」を指したまま、再び沈黙を貫いている。

どれほどの時間が過ぎただろう。灰色の空は表情を変えず、風さえも吹かない。

(どうすればよかったんだ……。僕がもっと早く気づいていれば。蓮さんの計画を止めていれば……!)

自責の念が、鋭いナイフのように胸を抉る。

完璧な正解なんていらない。アイのいない世界に、明日が来る意味なんてどこにもない。

僕は、手首に巻かれたミサンガを強く握りしめた。

アイがくれた、たった一つの繋がり。

「アイ……もう一度、君に会いたい……。君を、助けたいんだ……!」

その叫びが、何かのトリガーとなったのかもしれない。

――ゴォォォォォ……。

突如、足元から地響きが沸き起こった。

驚いて顔を上げると、目の前の古びた時計台が、眩いほどの白光を放っていた。

錆びついていた鉄の枠組みが剥がれ落ち、中から現れたのは、磨き上げられたクリスタルのような、未来的な輝きを放つ「コア」だった。

「……えっ?」

ボロボロだった文字盤は滑らかなホログラムへと変わり、複雑な数式が幾重にも重なって宙を舞う。

それは、蓮さんが作ったリプレイという世界の、真の「最深部」……。

最適化の果てに隠されていた、禁断のバックアップ機能。

僕は吸い寄せられるように、その光の塊へ手を伸ばした。

指先が冷たいインターフェースに触れた瞬間、脳内に膨大な情報が流れ込んでくる。

(これは……時計じゃない。……記録だ。この世界の、過去の記録……!)

時間帯を細かく指定することはできない。けれど、この装置は「起点」へ戻るための扉だった。

日比野 蓮が、アイを消去すると決める前。

僕が、彼女と出会ったあの場所へ。

「……やり直せる。……やり直せるんだ」

全身の震えが止まらなかった。

今の僕には、

蓮さんの書斎で見たアンインストールの進行状況、

お祭りの夜の約束、

そして、アイが教えてくれた「不適切な寄り道」の意味、全て覚えている。

この状態で過去に行けば…必ず!

次は、失敗しない。

アイが消える結末なんて、僕が書き換えてやる。

起動スタート……!」

僕がコンソールの中央に手を置くと、時計台から放たれた光の柱が天を突いた。

世界が、巻き戻されるテープのように逆回転を始める。

重力を失い、僕の体は光の渦へと飲み込まれていった。

(待ってて、アイ。今度は僕が、君を救いに行くから――)





――!!

鼓動が、鼓膜を直接叩くような衝撃。

肺に流れ込んできたのは、ひどく湿った、排気ガスの混じった夜の空気だった。

「……はぁ、はぁ……っ!」

僕は膝をつき、激しく咳き込んだ。

視界に飛び込んできたのは、チカチカと不規則に点滅するネオンサインと、湿ったアスファルト。

深夜の東京。新宿の路地裏。

「……ここ、は……?」

自分が誰なのか、なぜここに立っているのか、何もわからなかった。

頭の中は真っ白な霧に包まれ、自分の名前さえ思い出せない。

ただ、胸の奥を掻きむしるような、耐えがたい喪失感だけが澱のように溜まっている。

僕は不安になり左手首を握る。

「……ん?」

左の袖口から、何かが覗いている。

無機質な街の景色には不釣り合いな、鮮やかな色彩。

僕はゆっくりと、その袖を捲り上げた。

そこには、少し歪な編み目をした、青と白と紺色のミサンガが結ばれていた。

その瞬間――。

頭の中で、堰き止めていたダムが決壊したような衝撃が走った。

「…………っ!!」

色彩が、音が、感情が、凄まじい濁流となって脳内を駆け巡る。

アイと見た、空を埋め尽くす大輪の花火。

蓮さんの書斎で見た、冷酷なアンインストールの数字。

時計台が放った、あの白銀の光。

そして……愛おしい彼女が、光の粒となって消えていったあの感触。

「……思い、出した……」

僕は、めぐる。

日比野 蓮が作った「正解」だけの世界で、不確かな愛を見つけた不適切なバグ。

そして僕は……アイを救うために、自らの意志でこの「過去」を選んだんだ。

今の時刻は、8月10日の23時。

僕が初めてこの街に降り立ち、蓮さんに拾われる直前の時間だ。

「……そうだ。あと、一週間……」

脳内に、時計台のインターフェースが映し出した情報の残像が浮かぶ。

僕が過去へ戻る装置を起動したのは、8月17日。

つまり、僕に残された時間は、たったの七日間。

一週間後のあの日、僕は再びあの時計台の前に立ち、過去へ戻る「僕」と入れ替わる。

それまでに、アイを消去するプログラムを止めなければならない。

蓮さんの計画を、この世界のシステムそのものを、内側から書き換えるんだ。

「待ってて、アイ。今度は、絶対に離さないから」

僕は立ち上がり、ミサンガを強く握りしめた。


今の僕の目には、迷いなんて微塵もなかった。

路地の向こうから、一人の男が近づいてくる足音が聞こえる。

冷徹な瞳をした、僕の「保護者」であり「敵」でもある男。

「……君。ちょっといいかな」

聞き覚えのある、あの低い声。

僕は顔を上げ、かつての「僕」がそうしたように、けれど全く違う決意を瞳に宿して、日比野 蓮を見据えた。


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