表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『リプレイ・コード ―千年の記憶を、君の手首に結ぶまで―』  作者: Camelia
正解の檻にいる、正解のない君へ
11/15

消失

現実世界の静寂は、時として耳を塞ぎたくなるほど痛い。

蓮さんは相変わらず書斎にこもり、僕はリビングで所在なく過ごしていた。

けれど、最近の蓮さんは明らかに「異常」だった。食事中も独り言を呟き、モニターを見つめるその瞳には、かつての冷静な知性ではなく、

何かに追い詰められたような狂気が宿っている。

(……何をしてるんだ、あの部屋で)

その時、書斎のドアが開き、蓮さんが足早に廊下を通り過ぎていった。

トイレへ向かう僅かな隙。僕は迷わず、滑り込むように書斎へと足を踏み入れた。

暗い室内には、幾重にも重なったモニターの青白い光が揺らめいている。

「…え?」

そこに映し出されていたのは、僕が見慣れた、「リプレイ」の俯瞰映像だった。

「……リプレイ? どうして蓮さんの部屋に……」

困惑しながらメインモニターを凝視した。そこには、赤く点滅する無機質な文字列が並んでいた。


[ WARNING ] システム最適化:大規模クリーニング実行中

対象データ:リプレイ案内人(Navigator-AI)

プロセス:アンインストール開始…… 86%完了


「アンインストール……? 案内人って、まさか……」

リプレイの案内人なんて、一人しかいない。

アイだ。蓮さんは、理由はわからないが、アイをこの世界から完全に消し去ろうとしている。

心臓が口から飛び出しそうなほどの衝撃が僕を襲った。

ガタン、と廊下で音がする。蓮さんが戻ってくる。僕は転がるように部屋を抜け出し、自室のベッドへ飛び込んだ。

(行かなきゃ。アイのところへ……!)

僕は祈るように目を閉じ、意識をリプレイへと飛ばした。

次に目を開けたとき、そこはいつもの運河の街だった。

けれど、何かが決定的に違っていた。

空は灰色に濁り、あんなに賑やかだった街からは、人っ子一人いなくなっている。

「アイ! アイ、どこにいる!?」

叫び声は虚しく響くだけだ。

僕は直感的に、あの「工場」へと走った。不適切なデータを処理するあの場所なら、アイが捕らわれているかもしれない。

「はぁ、はぁ……っ!」

息を切らして辿り着いた工場の前で、僕は立ち尽くした。

……静かだった。

空を汚していた紫色の煙も、地響きのような駆動音も、すべてが嘘のように止まっている。巨大な鉄の門は固く閉ざされ、そこには「役割を終えた」という冷たい拒絶だけが漂っていた。

「……アイ、いないの……?」

絶望が足元から這い上がってくる。

その時だった。

――カチッ。

静寂を切り裂くように、硬い、金属質な音が響いた。

――カチッ。カチッ。

それは、この世界に「時間」という概念が戻ってきたかのような、冷酷な秒針の音。

音のする方へ、僕は吸い込まれるように歩き出した。

辿り着いたのは、あの「名もなき場所」。

アイが「一番大切だった瞬間を守っている」と言った、あの古びた時計台の前だった。

見上げると、止まっていたはずの長針が、ゆっくりと、けれど確実に動いていた。

「……めぐる? 来ちゃったんだね」

時計台の影から、か細い声がした。

そこにいたのは、アイだった。

けれど、彼女の姿は足元からノイズに溶け、向こう側の景色が透けて見えるほどに薄くなっている。

「アイ! よかった、探したんだよ! 蓮さんが……君を消そうとしてるんだ、今すぐここから逃げないと!」

僕は彼女の肩を掴もうとした。けれど、僕の指先は空しく彼女の体を通り抜け、冷たい空気だけを掴んだ。

「……無駄だよ、めぐる。もう、私のデータのほとんどはなくなちゃった。……この時計が一周したら、私は完全に消えるの」

アイは悲しそうに、けれどどこか清々しい顔で、動き出した時計を見上げた。

「……どうして? 蓮さんは、あんなに君のことを……」

「…彼にとって、私は『正解』じゃなかっただけ。……めぐる、覚えてる? 私が言ったこと。この時計は、動かないからこそ瞬間を守れるんだって」

アイは消えかかった手で、僕の頬に触れようとした。

感触はない。けれど、そこには確かな熱があった。

「動き出したっていうことはね、もう『その瞬間』は終わったってこと。……リプレイは終わるの。めぐる、あなたは現実に戻らなきゃいけない」

「嫌だ! アイがいない世界に戻ったって…っ!」

僕は叫んだ。手首のミサンガを強く握りしめる。

時計の針は、容赦なく、最後の一分を刻もうとしていた。

「めぐる。……私を忘れないで。でも、私に縛られないで。……あなたが私にくれた『不適切な感情』は、全部、本物だったよ」

アイの体が、光の粒となって空へ舞い上がり始める。

「アイ……! アイ!!」

「さよなら、めぐる。……また、いつか……どこかのリプレイで」

カチリ、と重なる音がした。

長針が真上を指した瞬間、視界が真っ白な光に塗り潰される。

僕は、彼女の手を掴めないまま、奈落のような忘却の淵へと突き落とされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ