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『リプレイ・コード ―千年の記憶を、君の手首に結ぶまで―』  作者: Camelia
正解の檻にいる、正解のない君へ
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現実と仮想の接続

賑やかだった屋台の喧騒が、少しずつ遠ざかっていく。

アイに手を引かれるまま、僕たちは街の外れにある小高い丘へと登った。そこからは、提灯の明かりが川のように流れるお祭りの会場と、その先に広がる紺青の夜空が一望できた。

「ここなら、一番綺麗に見えそうだよ」

アイはそう言って、芝生の上に腰を下ろした。

浴衣の裾を気にしながら隣に座ると、夜風が火照った肌に心地よく吹き抜ける。

「……ねえ、めぐる。今日のお祭り、楽しかった?」

「うん。……あんなに笑ったの、生まれて初めてかもしれない。全部が魔法みたいだった」

僕の答えを聞いて、アイは満足そうに微笑んだ。けれど、その微笑みはどこか儚くて、今にも夜風に溶けて消えてしまいそうだった。

アイはふと思い出したように、帯の間に差し込んでいた小さな包みを取り出した。

「これ、めぐるに渡したかったの。お祭りの記念に」

「えっ、僕に?」

包みの中から現れたのは、青と白と紺色の糸が丁寧に編み込まれた、一本の細いミサンガだった。

青と白、そして少しだけ混ざった夜空のような紺色。

「これ……アイが作ったの?」

「うん。……不器用だから、ちょっと形が歪んじゃったけど。現実の世界には、もっと素敵なものがたくさんあるんだろうけど……今の私に作れるのは、これくらいだから」

アイは少し俯きながら、僕の左手首をそっと取った。

彼女の指先が震えているのが伝わってきて、僕の胸が締め付けられる。

「これね、切れた時に願いが叶うって言われてるんだよ。……本当は、切れないでずっと持っていてほしいけど」

アイはゆっくりと、時間をかけるように僕の手首にミサンガを巻き、結び目を作った。

一つ、二つ。

彼女が結び目を作るたび、僕たちの間に目に見えない確かな「約束」が刻まれていく気がした。

「……よし。これで、めぐると私は繋がったね」

アイが顔を上げたその瞬間――。

ドォォォォン……!

お腹の底に響くような轟音と共に、夜空が真っ赤に染まった。

一発目の打ち上げ花火だ。

「あ……!」

見上げた空には、アイが教えてくれた通りの、魔法の絵が描かれていた。

赤、金、緑。次々に花開く光の輪が、アイの横顔を鮮やかに照らし出す。

「綺麗だね……めぐる。私、この景色を、あなたと一緒に見たかった。私の……『心』に焼き付けておきたかったの」

「アイ……」

僕は、ミサンガを巻かれた左手を強く握りしめた。

火薬の匂い。遠くの歓声。そして、隣で笑っている少女。

この瞬間が「不適切」だというのなら、世界なんて間違っていていい。

「ありがとう、アイ。……僕、これ、絶対に離さないよ。何があっても、ずっとつけてる」

「……うん。信じてるよ、めぐる」

アイは僕の肩に、こてん、と頭を預けた。

次々に打ち上がる連発花火スターマインが、夜空を昼間のように明るく染め上げる。

その激しい光の中で、アイの姿がほんの一瞬、ノイズのように透けて見えた気がした。






ふわり、と意識が浮上した。

重い瞼を開けると、そこはいつもの、蓮さんのマンションの自室だった。

エアコンの微かな稼働音だけが響く、静かすぎる朝。

「……あ」

起き上がろうとして、左手首に「違和感」を感じた。

寝ぼけた頭で視線を落とすと、そこには色鮮やかな糸が編み込まれた、一本のミサンガが結ばれていた。

青、白、そして紺色。

昨夜、あの花火の下でアイが僕の手首に結んでくれた、あの感触がまざまざと蘇る。

「……あれ?」

僕はシーツの上に座ったまま、そのミサンガを右手でそっと撫でた。

リプレイの世界のものは、現実には持ち帰れないはずだ。食べ物も、景色も、すべては脳に見せられた信号に過ぎない……はずなのに。

指先に伝わる糸のざらつきは、あまりにも生々しく、そこに「在った」。

僕は袖を捲り上げ、じっとそれを見つめた。

アイが一生懸命編んでくれた、少し不揃いな結び目。

それは、この完璧な世界において、唯一の「不完全な、けれど確かな証拠」だった。

「少年、起きているか。朝食だ」

ドアの外から蓮さんの声がして、僕は跳ね上がるように袖を戻した。



リビングへ行くと、蓮さんはタブレットを片手に、無機質なスープを口に運んでいた。

僕は向かいの席に座り、出された食事に手を付ける。外はいつもより静かだった。

「……今日は一段と静かですね」

何気なく、沈黙を埋めるように問いかけた。

蓮さんは視線を上げず、淡々と答えた。

「ああ。近隣の交通システムが再編されたそうだ。無駄なクラクションも、歩行者の迷いも排除された。……静かなのは、正解に近い証拠だ」

僕は、テーブルの下で左手首をぎゅっと握りしめた。

昨夜、アイと一緒に聞いたあの賑やかなお囃子の音、爆ぜる花火の轟音、そしてアイの笑い声。

それらはすべて、蓮さんの言う「正解」からは程遠い、騒がしくて無駄なものだったはずだ。

「……そう、ですね」

僕は短く答えて、スープを飲み込んだ。

味がしない。

さっきまで感じていたお祭りの焼きそばのソースの香りが、遠い昔のことのように思えてくる。

(でも、これは消えてない)

袖の裏側で、ミサンガが肌を優しく締め付けている。


僕より先に朝食を終えた蓮さんは、「今日は重要な作業があるから」と言い残して書斎に戻って行った。

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