73.キャナリー、走る!
ショミンダだけではなく、キャナリーもまた寮の自室で膝を抱えて考え込んでいた。
「お腹空いてるモモ?」
ドングリ集めから戻って来たリリスが、心配そうにキャナリーの顔を覗き込む。
「うん、そうだね、ただちょっと気になってて……」
お昼ご飯のパンやハム、チーズは食堂からかっぱらってあった。
ぼーっとする頭で、チーズをひとかけら、ナイフで削って口の中に放り込む。甘さが口いっぱいに広がる。
ハム、そしてさらにチーズを大きめに切って、ポイポイッと放り込んだ。
よし、だいぶ頭がはっきりしてきた。
不思議なのは、魔力の暴走。その事についてだ。
アーシュラは魔力が暴走して燃え尽きてしまったのだという。
それを言えば、キャナリーだってあの谷を飛び越えた時に魔力は大暴走している。
いや、今回だけじゃない。前回の野外実習の時にも魔力を暴走させているのだ。
「私は何で大丈夫なのかな?」
ギリギリで耐えたとか、運が良かったとか、そういうことなんだろうか。
でも、なんとなくだけれど、そうじゃないような感じがする。
というか、何度魔力が暴走しても大丈夫な感覚。燃え尽きるどころか、以前よりも強く魔力が湧き出してくる予感。
勝手な思い込みに過ぎないかもしれないけれど、そんな感覚は間違いなくある。
「もしかしてリリスが守ってくれているの?」
「ん~~、わからないモモ……」
リリスにもわからないらしい。ただ、キャナリーと同じように、あの時リリスも危険な感じはまったくなかったという。
やっぱり鍵は精霊にある。
理屈とか理論とか、難しい話は知らないし理解できないけれど、肌感覚としては間違いない。
「ねえ、リリス。もしもだよ、出会ったのが、私の魔力が燃え尽きた後だったら、私たちはどうなってたと思う?」
「分かんないモモ……だって魔力は燃え尽きたりしないモモ」
「え?」
「魔力は消えないモモ!」
「だって……」
「無くならないモモ!」
どういう意味なのだろう?
聞いてみたけれど、リリスにも良くわからないらしい。
学園でエライ先生に聞いてみようか。
いや待って。明日は週末で学園はお休みだ。来週まで待つなんてとんでもない。
それに先生は四属性のすごい魔法使いだけれど、精霊のことがわかるとは思えない。ここはまず、他の精霊に聞いてみるべきだ。
キャナリーはアーネ姫の膝の上で丸くなっているネコの精霊ミケのことを思い出す。よし、ミケに聞こう。エライ先生に聞くのはその後でもいい。
「リリス、行こう!」
「もうすぐ夕方モモ……」
「いいから、いいから!」
キャナリーはかっぱらってきたパンやチーズをカバンに詰め込むと、寮の部屋から弾けるように飛び出した。
目指すはトアール屋敷。
いなければ無理やり呼び出すつもりだったけれど、運が良いことにアーネ姫はトアール屋敷に戻っていた。
「ニャニャニャニャニャ~~ッ!」
「だと思ったモモ!」
「ニャ、ニャァ~~ン!」
「やっぱりそうモモ! ありがとモモ!」
ミケとリリス、精霊たちが一体何を話し合っているのか、細かいことは分からない。しかしその雰囲気を見る限り、どうやら悪い話じゃなさそうだ。
「問題は……精霊との契約ですね」
「うん、こっちで精霊なんて会ったことないもん」
いや、正確には一度だけ。ポワポワたちがいた穴の中で、小人が宴会しているのを見たことがある。でもそれだけだ。
まず精霊と出会う事、これがかなり大変。そして精霊と出会うだけじゃなくお友達にならないといけない。
「ミケと出会った時ですか? そうですね……なんだか出会うべくして出会った、そんな感じがしますね」
キャナリーは大きく頷く。
精霊との契約、なんて言うけれど、いくら思い出してみても、特に何かの儀式をしたり、約束をしたりなんてことは一つもなかった。
出会うのが当然だったというか、下手をすればリリスと出会うために生まれてきた、そんな気さえしてくるぐらいだ。
精霊を見つけるだけでも大変なのに、果たしてそんな精霊と出会うことができるのだろうか。
それだけではない。たとえ精霊とお友達になったとしても、元通りの魔力が取り戻せるかどうか。それはそれこそやってみないと分からない。
「やる価値はある。なんとなくですけれど、不思議なことに私もそんな気がします」
アーシュラが今まで精霊とお友達になっていないのは、まだ出会っていないから。これから出会うから。
理屈にも何もなっていない。裏付けも何もない。それは精霊を持つ者だけの感覚。
しかしキャナリーにとっては、アーネ姫の話は、もっとも心強い言葉だった。
「どうやら私たちだけでは無理ですね。ここはソヨ婆さまのお力をお借りすべきです」
「でも……クロエが来てくれないと……」
ソヨ婆さまが助けてくれれば何とかなるに違いない。でもソヨ婆さまは遥か遠いトアールにいる。
アマツバメの精霊クロエが飛んで来てくれれば、それこそ一っ飛びで手紙のやり取りができるだろう。でも、こちらから呼び出す方法がないのだ。
たまに様子を見に寄こしてくれるとは言ってくれていたけれど、それはいつになるのやら、こちらからでは何ともしがたい。
「一つだけ方法があるわ。キャナリー、これから見る事は絶対に誰にも言わない、そう約束できる?」
「うん、できるよ。でも……」
一体どうするというのだろう。それにもうすぐ冬休み。間に合うのだろうか?
~~~~~
久々にポワポワたちとじゃれ合っているうちに準備が整ったらしい。
案内するアーネ姫の後ろに従って、キャナリーはトアール屋敷の地下に降りていく。
一階層、二階層、そして三階層。
大きな扉を開けると、アーネ姫が手にした魔法ランプの明かりが大きく揺れた。
「うわわっ! 何これっ?」
そこにあったのは大量の水晶玉。そして水晶玉に囲まれた大きな機械。
曲がりくねった銅の配管が色々な所に繋がって、まるで何かの生き物のような感じさえ受ける。
リリスがキャナリーの肩の上でぶるっと身震いした。
怖いようにも思えるけれど、なぜか優しさも感じるその大きな機械。キャナリーはなぜか王様のドングリの木を思い出した。
「まずは水晶玉に魔力を。もう分るわね?」
「うん……」
たくさんの水晶玉に順番に魔力を注いでいく。あまりにたくさんありすぎて、さすがのキャナリーもクラッと眩暈がするほどだ。
「これが我らトアールの魔法通信機。遠くまで手紙を送る魔法の機械よ。」
アーネ姫は虹色に光るインクを取り出して、ソヨ婆さまに宛てた手紙を書き始めた。書き終わった手紙を機械の真ん中にある台の上に載せる。
「それじゃ、送るわね」
アーネ姫が何か操作をすると、手紙が置かれた台が淡く輝いて、虹色の文字が頭からどんどん消えていく。
「ああ、消えちゃう……」
「ええ、それでいいの。ちゃんとトアールに届いたってことだから」
これがトアール屋敷の秘密。正真正銘の魔法の装置。
キャナリーの通信機や秘密メモなんてまるで勝負にならない。
しばらくすると虹色の文字は全て消えて、手紙はまた何も書かれていない一枚の羊皮紙に戻った。
その翌日。
装置に魔力をもう一度注ぎ込んだり、ポワポワたちと遊んだりして時間をつぶしていると、一羽の鳥が飛んできて小さな筒を落としていく。
ピリリリ~♪
「あれはクロエだモモ!」
あの鳴き声はアマツバメ……ソヨ婆さまからの手紙だ!
「えっと……ユケル山に行け……?」
手紙に書かれていたのはただそれだけ。
クロエはキャナリーたちの頭の上を何度か回って飛び去って行く。
ユケル山。それは王都近くの山。
そこはもう炎の消えた山。
いったいそこに何があるのか。行ってみるしかない。




