72.ショミンダの決意
キャナリーと別れたショミンダは学園の方向に足を向けた。
と言っても、教室に向かったわけじゃない。向かったのは寮の自室だ。
「授業なんかに出てる場合じゃないですよ」
冬休みになれば、アーシュラだってショミンダだって実家に帰ることになる。そうなればもう終わりだ。
その前になんとしても手を打たねばならない。例えそれが強引な方法であったとしても。
「騎士を目指しているから問題ないってなんですか! まったくアーシュラは馬鹿にしてますよ。阿呆のキャナリーならともかく、このショミンダ様が騙されるわけがないじゃないですか!」
騎士を目指す! なんて好き勝手なことを言っていられるのは、強力な魔力があって、魔法学園に通うことができるからだ。
もしも魔力が無ければ、あと数年で嫁入りということになるに決まっている。こうして自由気ままに遊んでいることなどできるはずがない。
騎士になんてなれるはずがないのだ。
自分で言っていたじゃないか。騎士になるには学園対抗戦で優勝する、それしか道はないって。
魔力があれば、魔法の力があれば、もしかしたらまだ道は生まれるかもしれない。
でも魔力が無ければ、もしもこの先ずっと剣を振り続けようと思ったら、もう盗賊か海賊になるぐらいしか道なんて無いじゃないか。
嫁入り先だってもう普通じゃない。
今日は包帯で巻かれていて見えなかったけど、あの時ショミンダはしっかりと見ている。アーシュラの顔、左の頬には狼の爪で引き裂かれた大きな傷があることを。
顔に傷のある女の行先など、貴族家の爺の後妻ならまだましな方。貴族ですらない、どこかのエロ親父の愛人ぐらいが関の山だ。
物わかりの良さそうな顔をして、何を一人で諦めているんだか。
諦めたりなどさせてあげない。あの馬鹿の眼を覚まさせなければ。
しかしどうやって?
考えなければ。
いつの間にか日は沈み、部屋の中は真っ暗になっていた。
作戦など何も思い浮かばない。
何より時間が無さすぎる。いくら良い手を思いついたとしても、準備をするどころか、連絡を取り合うことすらできないのだ。
こんな物、作戦なんて成り立つはずないじゃないか。
作戦なんて考えるだけ無駄じゃないか。
そう、作戦なんて無駄。
それが結論。
ひたすら考え続けた末の、答えがそれ。
「ふうぅ……」
ショミンダは深いため息を一つつくと、立ち上がって大きく伸びをした。
そしてさらに、一度深呼吸をする。
「世の中って本当にままならない事ばかりです……」
手立ては無いし、考えるだけ無駄だった。
これはもう、どうしようもない事なのだ。
ショミンダは苦笑いするしかない。
だって大切なのは作戦があるかどうかじゃない。
突き進む『覚悟』。
それがあるかどうかなのだから。
「まさかこんなに早くなるとは思いませんでした……」
早くても魔法学園を卒業してからだと思っていた。
船を買おう。
そして海に漕ぎ出そう。
世界の果て目指して、まだ誰も知らない島々を冒険しよう。
見たことも無い不思議な宝物を探すために。
そしてアーシュラの魔力を元に戻す方法を見つけるために。
アーシュラの首に縄をつけてでも引っ張って行こう。
そう、まず必要なのは船。
義理の父親、男爵の顔を思い浮かべる。
「あの人じゃ無理そうですね」
地域をまとめる大伯爵にすがってみよう。その方がいい。
そうと決まれば、まずは手紙だ。
手紙を書きながら、ショミンダはふとキャナリーの顔を想い浮かべた。
「あの子はさすがに連れていけませんよね……」
旅に出るのはショミンダとアーシュラの二人だけ。キャナリーは連れていけない。この国に置いていくしかない。
彼女とはここでお別れになる。
キャナリーと初めて出会った時のことを思い出す。
家族に会えない、ただそれだけのことを、まるで自分のこと、いやそれ以上に号泣した少女。
この一年間、キャナリーが一緒にいてくれたことでショミンダがどれだけ救われたのか。
ショミンダは男爵家の養子で元平民だ。
周りは本物の貴族ばかりで誰も話しかけてくれない、話しかけても返事すらしてくれない、そんな孤独な寮生活。
正直、たった一人でいったい何度ベッドで泣いたことだろう。
明日の朝になればキャナリーに会える、それがどれだけ励みになったことだろう。
「いっしょに魚釣り、行きたかったですね」
あの野生児のことだから、魚を手づかみで捕まえたり、逆に大きなカニに挟まれて涙目になったりすることだろう。
楽しい風景が、彼女の屈託のない笑顔が脳裏によぎる。
でももう無理だ。そんな未来はもうやって来ない。
そうだ、最後に三人一緒でどこかに行こう。近くの山か川か、ハイキングに行こう。
三人で焚火を囲んで星を見上げよう。
目の前の便せんは、いつの間にかびしょ濡れになっている。
そして伯爵宛の手紙は、いつまでたっても書きあがることはなかった。




