71.二度と戻らないもの
一応、後日談。
十二月を待たずして、王都ルミナリスには雪がちらつき始めている。
あの、まるで悪夢のようだった野外実習も終わり、中央魔法学園には普段どおりの毎日が戻ってきていた。
少しだけいつもと違うのは、もうすぐ後期の授業が終わり、最高学年生は卒業し、在校生には長い冬休みがやってくること。
夏休みの時と同じように、長期休暇になればほとんどの学園生は帰省することになる。生徒たちは今、その準備に大忙しだ。
キャナリーたちの一年A組の教室も、他のクラスと同じように休暇前の慌ただしい雰囲気に包まれていた。
しかしそこにはアーシュラの姿は無い。
キャナリー、そしてショミンダの姿も。
中央魔法学園のほど近くに、王都最大級の墓地がある。
その広大な墓地には、いったい何人の人が葬られているのだろうか。
毎日数えきれないほどの葬儀が執り行われ、黒いヴェールで顔を包んだ貴婦人たちの嘆きの声が途切れることもない。
ちらちらと雪が舞い降りる中、ショミンダは魔法学園の授業をサボって、そんな墓地の一角でぼーっと座りこんでいた。
「はぁ……、なんでこんなことになってしまったんでしょうか……」
野外実習で訪れたモンデモン山。それが全ての始まりだ。
狼の群れの襲撃。
アーシュラが、そしてキャナリーまでがあそこで寝ている。
ショミンダは二人がいない教室に、どうしても戻りたいとは思えなかった。二人に出会ってまだ一年足らずだけれど、あそこには二人との楽しい思い出がたくさん詰まりすぎている。
「はぁ……」
もう一度、さっきよりも深いため息をつく。
神殿の鐘の音がリ~ンド~ンと鳴り渡った。時間だ。
ショミンダは立ち上がってお尻をはたくと、しっかりした足取りで出口に向かった。
いつまでもこんな所にはいられない。行かなければ。
~~~~~
広い墓地の隣には大神殿が、そして中央病院の大きな建物が立っている。
「本当に縁起でもないですよね。効率はいいんでしょうけれど」
墓地を出たショミンダが足早に向かった先は中央病院だ。
朝一番にアーシュラとキャナリー、二人のお見舞いにやって来たのはいいんだけれど、時間が早すぎて中に入れてもらえなかったのだ。
魔法学園に戻るわけにもいかないし、仕方なくすぐ近くの墓地で時間を潰していたのだった。
中央病院のロビーに入ると、そこにはいつものアホ顔の主が待っていた。
「おはよう、ショミンダ!」
「キャナリー! こんな所で何を? 寝てなくていいんですか?」
「えへへっ! 退院しちゃった!」
「もうっ! なんでお見舞いに来る前に退院しちゃうんですか」
「ええ~~、そんなこと言われても……大したことなかったし!」
キャナリーの頬っぺたには絆創膏、右手には包帯が巻かれている。深緑色に染められたローブには、あちこちにカギ裂きができていた。
あの野外実習で教師たちを呼びに行く時、キャナリーが何をやらかしたのか。それは誰の眼にも触れていない。
でも今の姿を見れば、深い藪の中を獣のように力づくで無理やり駆け抜けんだと嫌でもわかる。
「そういえば、リリスがいませんね。何かあったんですか?」
いつもキャナリーの肩に乗っているはずの精霊モモンガの姿が見当たらない。
「リリスは今、森でドングリいっぱい集めてるよ!」
トアール屋敷でも確保してもらっているし、これまでもちょこちょこ集めていたけれど、これが最後のひと踏ん張りだと本人、いや本モモンガも駆けずり回っているのだ。
「そんなことより、アーシュラのところに行こうよ」
「ええ、そうですね」
「ちゃんとお見舞いもあるもんね!」
「い、いつの間に! ずるいですよ!」
入院していたはずなのに、キャナリーの手にはちゃんと小さな袋が下げられている。
「銘菓……マンジューニュ……何ですか、それは」
「知らない! トアールの騎士さんにお願いして用意してもらったの」
トアール伯国の有名なお菓子らしいけど、伯国男爵家のキャナリーだって見たことも聞いたことも無かった。
「幻のお菓子だよ、栗きんとんより美味しいかも!」
「名物に旨いもの無し、なんて言いますけど、大丈夫でしょうか」
「三人で食べようよ、ね?」
キャナリーはちゃっかり自分でも食べるつもり満々だ。
こうして二人は、「病院では静かに!」などと怒られながら、アーシュラの病室に向かった。
病室に行ってみると、アーシュラはしっかり目を覚ましており、包帯でぐるぐる巻きにされた状態でベッドの上に座っていた。
「二人ともおはよう!」
見た目よりも声は元気そうだ。
「怪我はいっぱいあるんだけど、どうやら浅い傷が多かったらしくてな。剣が振れなくなるようなことは無いそうだ。」
「あーしゅらぁぁぁ~、無事でよかったよ~」
キャナリーの目に涙がどんどんあふれてきて、ついには抱きついて泣き出してしまった。
「痛いっ! 痛いって!」
「……アーシュラ、良かったです。あの時は本当に、どうなる事かと思いましたよ」
ショミンダの声がちょっと涙で震える。
アーシュラの血まみれになった姿を一番近くでずっと見ていたのはショミンダだ。血の気を失い青くなった顔も、そしてどんどん冷たくなっていく体も。
「二人とも大げさだぞ、見ての通りピンピンしているよ。すぐに元通り……とはいかないけれど、あと何日かすれば退院できるそうだ」
「大げさじゃないよ! 本当に死んじゃうと思ったんだから!」
「そうですよ、でも本当に無事で良かった!」
抱きついているキャナリーを軽く撫でるアーシュラの手は、どこまでも優しい。
「退院したら、授業にも出られるよね!」
「キャナリー、それは急かしすぎですって。あと少しで冬休みですから、それまではお休みにした方が良いと思いますよ」
「次は二年生になってからかぁ~、待ち遠しいよ……」
冬休みは夏休みの二倍、四ヶ月もある。そういうものだと言われればそうなんだけど、やっぱり寂しいものは寂しい。
そんなキャナリーを前にして、アーシュラは少し言いにくそうに口を開く。
「いや、それなんだが……春には……何と言えばいいのか……」
「え? 何かあるの?」
「つまりなんだ、うん、まあ、そういうことだな」
「なんのことだか全然わからないんですが……」
アーシュラはまったく要領を得ない。
「そんなに言いにくいなら黙っていてもいいですよ?」
「いや、それは駄目だな、うん」
アーシュラはベッドに座り直した。
「まあ、二人とも聞いてくれ。体は無事だし、元通り完全に元気な姿に戻れるんだけど、ちょっと問題があるみたいなんだ」
「……問題って?」
「あの時のあれ、魔力暴走……って名前らしいんだけど、そのおかげで私の魔力は燃え尽きてしまったそうだ。もう二度と魔法は使えない、お医者さんにはそう言われた」
「……なっ!」
「が、学園はどうなるんですか!」
「それもはっきり言われた。魔力が無いと学園には残れない。退学することになるって」
「そんな……あんまりだよ……」
「そうですよ、みんなの命を守ったのに! 名誉の負傷なのに!」
「はっはっは、だから大げさなんだって。私は騎士を目指しているからな! 魔力なんてなくても、問題じゃないさ」
アーシュラは朗らかに笑っている。
無理して強がっている感じはどこにもない。
「でも、もう一緒に過ごせないんだよ? もう一緒に探偵ごっこもできない、子犬とたわむれることもできない、もう二度と……二度と会えないかもしれないんだよ?」
「キャナリー! だめ! もうそれ以上は……やめて……お願い……」
ショミンダの眼からも涙がこぼれる。
アーシュラは寂しく、それでもしっかりと笑いながら答えた。
「わかってるって。でも、私たちには何としてもかなえたい夢があるだろう? 私は騎士、キャナリーは自由に飛ぶ。ショミンダは七つの海を越える……。それがある限り、私たちはずっと一緒だ。ずっとずっとだ」
「あーしゅらぁ! あーしゅらぁぁ!」
キャナリーを撫でるアーシュラの手は、やはりどこまでも優しかった。
アーシュラを励ますどころか逆に励まされ、キャナリーとショミンダは元気なく病院を後にした。
「……私たちって……無力ですね……友達なのに。親友なのに!」
「何も言えなかった……言えなかったよぉ……」
ひとしきり泣いた後、キャナリーはふらふらとまた病院の方に足を向けようとした。
「……キャナリー?」
「えへへ……お見舞い……渡すの忘れてた……渡すだけ渡してくるよ、先に帰ってて?」
力なく笑って、キャナリーは一人、もと来た道を引き返す。
そして病室の扉を叩こうとした時……
「なんで私が! 私だけがこんな! もっとみんなと一緒にいたかった! 一緒にいたかったよおおおっ!」
中から聞こえる激しい慟哭に、誰も通らない冷たい廊下に座り込み、キャナリーは声を殺して泣いた。




