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ドングリ魔法はまだ飛べない ~でも、3センチなら飛べるもん!~  作者: 大沙かんな
第九章 疾風篇 (一年生後期)

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70.疾風

「どうだ?」

「まだなんとか……でも早くお医者さんに見せないと」


 やっと動きを止めたアーシュラを抱き上げるショミンダの顔は暗い。


 その言葉に、ニュマが悔しそうな顔で首を振った。


 むせるほどの血の匂いだ。じきにここには肉食の野獣たちが集まってくるだろう。


 できれば少し移動した方がいい。でも……どこに?



「あっちにエライ先生がいるよ」

「本当ですか、キャナリー?」


「間違いないモモ!」


 リリスのお友達に教えてもらったのだ。ドングリの中身の色の、大きなてるてる坊主の人がいると。


「その色は……これと同じ、生成りのローブね」


 自分のローブを引っ張りながらのジャネの言葉に、キャナリーもゆっくりと頷く。



「何をしているのかしら、急ぐのでしょう? 置いて行きますわよ!」


 そんな情報信用できないと、クラスメイトたちの多くが文句を言って動こうとしなかったけれど、それでもトルネ嬢のこの一言で、しぶしぶながら腰を上げ始めた。


 狼たちだって、じきに戻ってくる。そこに残りたいというんだから、素直に残らせてあげればいいのに。本当に馬鹿々々しい話だとショミンダは思う。


 まだまだ視界は良くないが、霧はかなり晴れている。これならば十分に移動できそうだ。


 ともあれ、怪我をしたアーシュラを助けながら、ここからは素早く立ち去ることになった。



 ゆっくりと森の小道を進む一行。


「アーシュラが危ないです」


 現場からかなり離れたところで、ショミンダの声が上がった。やはりアーシュラはかなり怪我が酷く、これ以上の移動には耐えられない。


「私が行って、呼んでくるよ!」


 狼の群れは立ち去っただけ、完全にいなくなったわけではない。


 だからと言ってこんな場所で立ち止まっていても、状況が良くなるわけもない。


「気をつけて」

「うん、大丈夫だよ!」


 ゆっくりはしていられない。今は大丈夫でも、アーシュラの容態がいつ悪くなるか誰にもわからないのだから。


 キャナリーは心配顔のショミンダを置いて、薄暗い森の中に風のように駆け出した。



 走る、走る。黄色い葉っぱをつけた木々の間をリスのようにすり抜けて、キャナリーが走る。


「リリス、こっちで間違いないよね?」

「大丈夫モモ!」


 うっそうと茂る森の中では、方向を見失うことも(まれ)ではない。


 でもキャナリーには関係ない。リリスの案内を頼りに、ただひたすら走るだけだ。


 出っ張った木の根っこ、転がっている岩、倒れた木。走り出したキャナリーを止められるものは何もない。


「ちょっと右だモモ!」

「うん、わかった!」


 リリスの指示に合わせて、倒木で完全に塞がった小道の真横を通過する。


「あ、あれ見て!」


 キャナリーの足が一瞬止まる。


「煙だモモ!」


 その視線の先には、うっすらとたなびきながら空に昇っていく、かすかな煙。


 間違いない、あそこに誰かがいるのだ。おそらく学園の先生が。


 キャナリーはさらに足に力を込めた。



 森から飛び出したキャナリー、その目の前にはまさかの深い谷が横たわっていた。


 その裂け目にはかなり幅があって、そう簡単に跳び越えられそうもない。


「橋は……」


 ある、いや、()()()


 つり橋が、無残にも千切れて、谷の向こう側にぶら下がっている。


「リリスなら行ける?」

「無理だモモ、遠すぎるモモ」


 これは回り道をするしかないのか。


 でも他に橋なんて見当たらないし、下まで降りて登ってくるのは無理そうだ。


「どうしよう……」



 向こうに渡りさえすれば、間違いなく先生たちの応援が呼べる。


 でも渡る方法がない。


 ゆっくりしているわけにもいかない。


 アーシュラの命がかかっている。それに狼だってまた襲ってくるかもしれないのだ。


 キャナリーは泣きそうになりながらも、その涙をぐっとこらえる。


 泣いてる場合じゃない!


「よし、リリス、飛ぼう!」


 裂け目をそのまま飛び越えるのはさすがに無理だ。でも、あの垂れ下がっているつり橋になら飛び移れるかもしれない。


 もちろん失敗すれば谷底に真っ逆さま。


「勢いがいっぱいいるモモ!」

「うん、わかってる!」



 端っこまで行って谷底を覗き込むと、かなりの高さがあることがわかる。


「これ、落ちたら大変モモ……」


 モモンガのリリスなら、うまく飛べば大丈夫だろう。でもキャナリーは……。


 ごくり、とつばを飲み込む。


 谷底から風が吹きあがってくる。この風にうまく乗れたら、びゅ~んって飛べるに違いない。よし、行けそうだ!


「リリス、行くよ! きっと飛んで見せるんだから!」


 裂け目から少し離れると、キャナリーはヒュウヒュウと呪文の詠唱を始めた。


 まだ一度もちゃんと魔法が成功したことはない。でもここでやらないと駄目だ。


 そう、飛びたいんじゃない。飛ぶんだ!


 呪文を唱えながら走り始める。勢いが大事!


「ダメダメ、止まるモモ! 足りないモモ!」


 リリスの言葉に、危うく崖から落ちそうになりながらも、キャナリーはぎりぎりで踏みとどまった。


「ふう、危なかった……」

「もっと勢いが必要だモモ!」



 今度はさっきよりも遠くから走り始める。これなら助走も十分なはず!


 心を落ち着けながら、風の呪文を唱える。


 全力で走る、崖に向かって!


「ヒュルル~ッ♫」


 踏み切るのと同時に唱えた魔法が、鳥のさえずりのような心地よい旋律を奏でた。


 キャナリーの体が強い緑の光に包まれる。


 風の魔法だ、それも第二段の、とても強力な。



 つり橋を目掛けて、風に乗って飛んでいく。


 ぐんぐん近づいてくるつり橋。


 だめだ、勢いが足りない?


「落ちるモモ!」


 踏ん張れ、あと少し! もう少しでつり橋の端っこが掴める!


 キャナリーの瞳の奥で、魔力が光を放つ。


 あと二十……、十センチ!


 まばゆいばかりの緑の光が魔法陣を描き、鋭く回転する。


 届いて!


 あと…五センチ!



 飛べ~~!


 そう叫びそうになったキャナリーの心に、誰かの声が聞こえた。


 それは優しく温かい声。


『いいかい、良くお聞き。一人で飛ぶんじゃないよ、風と一緒にだ』


 自分だけで飛ぶんじゃない。そうだ、一緒に飛ぶんだ!


 一緒に!



「みんな、行くよ! 一緒なら飛べるもんっ!」


 キャナリーのローブが燃え尽きるほどに激しく、ドングリ色に輝いた。


 それはローブの下地を染めた、ドングリの王様の木、あの時の色。


 バタッ、バタバタッ!


 突風のような強い風に吹き上げられて、ドングリ色のローブが大きく捲れあがる。


 ポニーテールに結んだリボンが吹き飛んだ。



 あと三センチ!


 キャナリーの小さな体が風に押し上げられる。


 ぎりぎり、届け!



 思いっきり腕を伸ばす!


 指先がかかる。



 つ、掴み……切れない?


 リリスがキャナリ―の肩から指先へと一気に走る。


「リリスっ!」

「踏ん張るモモ!」



 掴んだ!



 その瞬間、たしかにドングリ魔法は空を飛んだ。


ここまでお読みいただき誠にありがとうございます!


良くやった!もしもそう言っていただけたとすれば、キャナリーもリリスも、きっと喜んでくれるでしょう。


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