66.山登り
翌朝、キャナリーたちが目覚めた時、外は相変わらずの曇り空だった。
それでも東の空に少しだけ晴れ間が見えていて、そこから久しぶりの日の光がうっすらと、まるで天女の羽衣のように辺りを照らす。
それはほんの一瞬のことで、残念なことに太陽はすぐに雲に隠れてしまった。それでも元気が湧いてくるには、そして何か良い事が起こりそうな予感には十分だ。
「このまますっきり晴れて欲しいですね」
ところどころがまだらになって、金色に眩く光る黄土色の山を見上げる。
今日は一日かけて、このモンデモン山の山頂を目指すのだ。
今回はテントや毛布、夕食などは荷馬車で別途運んでもらえるらしく、ここで朝ごはんを食べて、お昼ご飯だけを鞄に積めて山へ向かうことになっている。
前回の野外実習でどこかの誰かの班が行方不明になったため、今回はあまり自由には動けない。おかげでずっと馬車にスシ詰めだったし、まったく迷惑な話だ。
クルルとニュマが食べ物を軽く背負い袋に詰め込んでいると、キャナリーたちが何かを馬車からちょろまかそうとしているのが目に留まった。
「三人とも、何を持っているんだい?」
「毛布だよ!」
毛布というよりも、かなり大きめのショールと言ったところ。山の上は寒いかもしれないから、あると便利だろう。
「そんな物を馬車から持って行っていいのかい?」
「えへへ~、内緒だよ?」
「ボクは……重たそうだし、やめておくよ。いざとなればこの横ロールで何とでもなるしね!」
クルルが軽く胸を張りながら、左右の横ロールをびよよんっと引っ張った。この横ロール、どうやらまだまだ秘密がありそうである。
「毛布の後は食べ物だね!」
「今回もたくさん詰め込もう!」
キャナリーたちはお昼の分どころか、夕食、さらには明日の朝食の分ぐらいの量をかばんに詰め込んでいく。
「食べ物……入らない……無理……」
「ニュマ、いったい何をそんなに持ってきたんだい?」
クルルが指摘するまでもなく、ニュマの荷物はかなり大きくて、何やら中でガチャガチャと音を立てている。それに出発する前からフラフラだ。
「魔法薬……いっぱい……」
袋を開けるとその中には、大小さまざまな壺がぎっしり詰まっている。
「いらない物は置いていかないと」
「全部……必要……」
「でもお昼ご飯はどうするのさ?」
「一日ぐらい……食べなくても……平気……」
クルルが心配するけれど、ニュマは思ったより頑固だ。
「食べ物は先に食べちゃえば大丈夫だよ!」
「お前は……不要とか……言わないのか……?」
「ほへ? なんで?」
キャナリーは何を言われたのかわからず、呆けた顔をしている。
「そりゃ必要な物なんて人によるだろう? 私もこれを持っていくしな」
アーシュラが笑いながら腰の実剣をポンと叩いた。
「でも重たすぎると山道は危ないですから、少し絞った方がいいですね。私たちで少し持ちましょうか?」
「……いや……ちょっと……減らす……」
ニュマは一人、馬車に引き返す。
自分にとって一番大切な魔法薬。そんな薬は必要ない、邪魔だ、そう言われ続けてきたニュマは、今までかなり意固地になっていた。
それを中身も聞かず、すぐに必要だと認めてくれた三人。
重かった足取りは、壺を馬車に詰め込む前に軽くなっていた。
「ねえねえ!」
「……うわっ……」
ニュマが振り返ると、そこには班の四人がそろっていた。
「この壺って、何が入ってるの?」
「……開けると……大きな笑い声……」
「面白そう! ねえ、代わりに持って行ってもいい?」
「ああ……構わない……」
「それじゃ、私はこの壺だな」
「私はこれにしますね」
「その壺の……中は……」
「いや、待って。聞かない方が面白そうだ!」
「開けた時のお楽しみですね!」
「なんだかボクだけ悪者みたいじゃないか」
様子を見ていたクルルも、壺を数本、中身を聞かずに鞄に詰め込もうとする。
「あ……それは……だめ……髪の毛が永遠に……真っすぐになる……」
「うわっ!」
それを聞くや否や、クルルは思わず壺を投げ捨ててしまった。
「ああ……魔法が……」
くるくると回りながら宙に舞う魔法薬。
もしも落ちて割れたりしたら、中の魔法が辺り一帯に飛び散って全員の髪の毛が真っすぐに!
アーシュラがとっさにパッと手を伸ばして掴もうとしたけれど、つるっと手が滑って壺はさらに遠くに飛んでいく。
「リリス! お願い!」
「任せてモモ!」
キャナリーの肩からシュパっとリリスが飛び立ち、魔法薬の壺を捕まえる。
しかしリリスには大きすぎた。
「たすけてモモ~~っ!」
抱きついてみたのは良いけれど、壺はリリスごとくるくる回りながら飛んでいく。
「ああ、落ちる、割れちゃう!」
シュパパパッ!
壺が地面に激突するその瞬間、大きな扇がどこからともなく飛んできて、壺と地面の間にすっぽりと挟まった。
「割れ……てない?」
「ふう、なんとか間に合ったようですわね」
扇を飛ばしたその人物、金髪二重螺旋の超ドリルを揺らしながら現れたのは、もちろんトルネ嬢だ。
「その危険物はしっかり封印してくださいまし」
「大丈夫……ドリルにする……魔法薬も……ある……」
そう、魔法薬の中には、さらなる危険物も紛れこんでいた。
「それはそうと、殿下は何をなさっているのかしら?」
トルネ嬢に言われてそちらに目を向けると、殿下が馬車から毛布を引っ張り出している。
「いや、そいつらはただの阿呆だし、何も考えていないよう違いないが、なぜか正解に一番近い気がする。あ、俺も魔法薬を一本持って行くぞ?」
「王族ともあろうお方がそんな盗人のような真似を……」
「いや、学園長が何も言って来ないのを見ると、持って行っても大丈夫なのだろう」
たしかに学園長でありA組担任でもあるエライ先生は、真っ白なひげを撫でながらにこにこしているだけだ。
「つまりこれは……そういうことですわね!」
「わかりました、トルネさま!」
トルネ嬢のするどい目線にパッと反応した三人娘が、馬車から手ごろな毛布を引っ張り出し始める。
「そしてさらに!」
「先に言っておくが、馬車と馬は持って行ってはいかんぞ?」
「……ちっ」
高位貴族の令嬢には似つかわしくないような音が聞こえた。……かもしれない。
「毛布に追加の食料ですかな? これはまさしく最適な準備と言えますな。このデブリス・デブラン、誠に感服いたしましたぞ!」
隣のクラスのデブリスまで、この騒ぎをしっかり聞きつけて物資の確保に動き出す。
それでも半数以上の生徒が、何もそこまでしなくてもと、少し馬鹿にしたような笑みを浮かべていたのだけれど……。
「何かあった時、食べ物を分けてもらえると思ったら大間違いよ?」
しっかり手早く毛布と食料を確保したジャネの一言で、全員がいっせいに馬車に向かって走り出した。
「準備はそれぐらいにして、早よう朝食を摂らんか。もうD組もC組も出発しておるぞ!」
「は~い! って、あれ? カミオンがいない?」
どうやら他の班員をほったらかしにして、一人だけ勝手に先に山に向かったらしい。
「ジャネ~、もう行くよ~?」
「分かったわ、置いてかないで!」
あいつは帰り道では荷馬車に積んでやる、そう心に決めてジャネは他のクラスメイトたちを追いかける。
キャナリーの左手にはパン、右手にはチーズとハム。扇のせいで両手が塞がっているトルネ嬢を除いて、なぜかみんなが真似して同じスタイルだ。
キャナリーの肩の上では、一体いつ、どこからか集めてきたんだろうか、リリスがもうドングリを頬にいっぱいため込んで満足そうな顔をしている。
自由を得たキャナリーたちがモンデモン山頂を目指す。
果たしてこの先、どんなめちゃくちゃな事件が待っているのだろう。
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その日の夕方、山頂付近で待ち構える教師たちの元に、とんでもない一報が舞い込んだ。
「大変です、学園長! A組とB組が行方不明です!」
「な、なんでそうなるんじゃ~~~っ!」
学園長の叫び声が山々の間をこだました。
またもや発生する行方不明事件!
一体誰のせいなんだ……(遠い目




