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ドングリ魔法はまだ飛べない ~でも、3センチなら飛べるもん!~  作者: 大沙かんな
第九章 疾風篇 (一年生後期)

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65.モンデモン山へ

 ゴトゴトゴト。


 少し湿った土の道を、何台もの馬車が列をなして進んでいく。


 ゴトンッ!


 馬車が何かに乗り上げた拍子に、その勢いで窓が勝手に開いた。


「うわわ~、冷たい~!」


 黄金色に広がる草原から、ぶわっと冷たい風が静かな馬車の中に一気に吹き込む。


「寒すぎ……」

「ああ、ほんとにとんでもないね」


 強い風に亜麻色の横ロールをビヨンビヨン揺らしながら、クルルが勝手に開いた窓を押さえつける。


 ゴトゴトゴト。


 馬車の中に、また静かでゆったりしているだけの空気が戻った。



 あいにくの曇り空の中、中央魔法学園の野外実習のための車列が向かっているのは、王都の南西にあるモンデモン山だ。


 五人の班に一台の馬車。


 風景を眺めようにも、寒すぎて窓を開けていられない。


「やること……ない……」

「だよね、女子組は何をしているの?」


 いつも騒がしいキャナリーとアーシュラ、ショミンダの三人は、びっくりするほどおとなしい。どうやら長い毛糸を使って、何かの手遊びをしているようだ。


「これ? あやとりだよ。ニュマとクルルもやってみる?」

「やり方……わからん……」


「それじゃ、ちょっと見てるといいぞ……っと! ほら、四段ばしご!」


 アーシュラの前で四つのひし形が並んだ。


「ほう……」

「ちょっと興味深いね」



「むむむ、そのはしごは確か、ここに小指を引っかけて……くるっとして」


 キャナリーの両手の間には、ひし形が二列に綺麗に並んでいる。小さなころから冬になるたびに従姉妹たちに鍛えられた熟練の技だ。


「まさかそう取るとは。ならば私は、えいえい! これで……つり橋です」

「またすごい技が出たな。ならば奥義っ!」


 アーシュラが取ったあやとり糸。それが一羽の鳥を、それも今まさに湖から飛び立とうとしている白鳥を紡ぎ出した。


「えええ~っ! 自分で取れないのは反則! 反則ですよ!」


 初めて見る超絶技に、どう糸を取っていいのか誰にも想像すらつかない。


「むぐぐぐ……、ならばこうして……えいっ! いがぐり!」


 キャナリーの両手の間で、毛糸が絡んで団子になっている。


「なんですか、それは……」

「失敗だな」


「えええ~、アーシュラの白鳥だって、きっと(もつ)れただけだよ!」

「ぎくっ! そ、そんなことはないぞ!」


 じとーっと睨むショミンダの眼を避けるように、アーシュラはキャナリーの手から毛糸を奪い取ると、元通りにほどき始めた。



「もう一回! もう一回、二人も入れて始めからやろう!」

「待って! ボクたちまだ、良くわかってないよ?」


「いいから、いいから!」


 どうせ暇つぶしだからと、ニュマとクルルも無理やり引っ張り込んで、今度は超絶技(ごまかし)は無しってことで最初から始める。


 前世の日本とは言葉が大きく違ってて『しりとり』は上手くいかないし、狭い馬車の中でできる簡単な遊びは、それほど多くないのだ。



 次の日も、そしてその次の日も、ずっと雨が降ったり止んだり、ぐずついたはっきりしない天気が続いている。


 適度に湿っていて夏のように土ぼこりも立たないし、春のようにぬかるんでもいないので、実は馬車が走りやすい季節だったりするけれど、退屈なことには変わりない。


「びよよ~ん、どう? つり橋だ!」

「むむ……ならば……六段……ばしご……」


 キャナリーたち女子だけでなく、クルルやニュマもあやとりが激しく上達したころ、ついに馬車の一行は目的地にたどり着いた。



「ん~~っ! やっと着いたね!」


 馬車から転がり出て思いっきり伸びをすると、体の中からポキポキ音が聞こえてきて、まるで自分が新しく作り直されるような感じだ。


 ずっと馬車の窓を閉じていたのでわからなかったけれど、こうして外に出て見上げれば、モンデモン山はそれなりに大きな山だった。


 でもキャナリーの故郷、トアールの山々と比べたら山頂はとんがっておらず、見るからに低い印象だ。


「肌寒いですけど、風はそれほどでもなくて良かったです」

「上に登ればまた違いそうだけどね」


 他の学園生たちもみんな生き返ったような表情をしている。


 そんな中、ジャネと数人の男子生徒だけが、まるで死んだような顔をしているのがチラッと目に入る。


 あれは危険、見ちゃ駄目だ、キャナリーがそう思った時にはもう目と目が合っていた。


 今さら顔をそむけてももう遅い。


「もう無理よ、たすけてっ!」

「に、逃げろ~っ!」


「待ちなさ~~いっ!」



 ジャネに追いかけられて少しひどい目にあったけれど、暇だったのもここまで。明日の早朝には馬車を離れて、班ごとに山を登ることになる。


「どうした、キャナリー。眠れないのか?」


 夜になって、キャナリーが毛布をかぶって馬車の車輪に背を傾けていると、アーシュラとショミンダも中から這い出してきた。


「ん~、女神さまの双子星が見えないかな、と思って」

「これだけ曇っていると無理だと思いますよ?」


 空はどこまでも真っ黒で、星どころか月の姿さえ見えない。


 もしも雲の彼方まで飛んでいければ、双子星を見ることはできるだろうか。あの魔力試験の夜のように、キャナリーを見守ってくれるだろうか。


 空に向かって思いっきり手を伸ばしてみる。


()()届かないな……」


 アーシュラがおもむろに立ち上がると、声を出さずに剣を鋭く振る。


「さすがに雲は斬れないか」


「そんなの無理に決まってますよ」

「いや、わからんぞ? 何より私は騎士を目指しているからな!」


「いつになることやら……。私は船を手に入れて、さっさと雲の切れ目まで行くことにしますね~」



 まったく締まらない。将来の夢を語るなら、きらめく星を見上げたかった。


 キャナリーは、同じように曇り空を見上げる二人の顔を交互に見やると、自分もまた真っ暗な空に視線を戻す。


 いつも見守ってくれているという、赤と青の女神星。その姿は分厚い雲に遮られて、やっぱり見えない。


 キャナリーは左右からアーシュラとショミンダの二人に背中を預けられて、ぺっちゃんこにされながら、一緒になって星の見えない空を眺める。


 赤いローブと青いローブ、そしてそれに挟まれた緑のローブが、時おり吹き寄ってくる柔らかい風にヒラっとはためいた。


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