045:琥珀のひと時
野乃花が蜂蜜を好きなように、遥は琥珀を愛していた。嬉々としていくつかの琥珀を取り出して来た。まだ加工前の裸石の状態だ。
「ブルーアンバーが届いたばかりなんです。
是非、見ていって下さい」
青みがかった琥珀が出てきた。琥珀の中でも珍しい色のものだった。
が、野乃花は蜂蜜を思わせる濃い茶や明るい黄色の方に目を奪われた。
まるであの蜂蜜パントリーの前にいるように、心が落ち着く気がした。
「あ、それは虫が入っているものですね。こんなに大きな虫がほぼ完全な形で入っているのは、学術的にも貴重です。しかも、ハチの一種のようなので……」
説明を続けようとした遥だったが、野乃花が夢中になっているのと、湯気の立つ定食が目に入り、そっと奥に食べに行った。
しばらくすると、野乃花はノロノロと顔をあげた。もう戻った方が良いのではないか。
すると食事を終えた遥が戻ってきた。
「ごちそうさまです。大変、美味しく頂きました。
特に人参サラダが良かったですね。この蜂蜜を使ったドレッシングはいつも美味しいです。
今日の蜂蜜はなんだったんですか?」
「え? えーっと」
何だったかしら?
野乃花は今日、美波の手元を見ていなかったことを思い出す。”お客様”に献立を聞かれて答えられないなんて『中鉢』の若女将をしていた頃には絶対にしなかった失態だった。
自分の舌に聞いてみる。なんの蜂蜜の味だったかしら? レモン?
けれども確証がないことは言えない。
「すぐに確認してきます」
美波に聞きに行こうとした野乃花を遥は慌てて止めた。
「いえ、その必要はありません。
メニューと使用した食材はすべて公開されているので、こちらで調べれば分かりますから」
そう言って側にあったパソコンで『おひるごはん』のサイトに繋ぐと、「ああ、レモンの蜂蜜だそうですね。爽やかでさっぱりした甘さがドレッシングに合いますね」と言った。
「そうでしたか……」
自分の必要性を見失っている野乃花は、さらに深く、意気消沈した。許されるのなら六階に戻って、あの蜂蜜パントリーの前で時をやり過ごしたい。
「そう言えば、野乃花さんは素敵な琥珀製のミツバチのブローチを持っているそうですね。
新しいデザインの参考に、見せてはもらえませんか?
ああ、この食器を上に持って行くついでで構いません。『おひるごはん』が忙しそうならば、そちらをお手伝いして下さい。ブローチは後日でいいので」
許された――。
遥は暗に、このままこの店を出て、六階に籠れる口実を作ってくれた。美波には琥珀を見ていたと言い、遥には美波の仕事を手伝っていたと言えばいいのだ。
だが、誰かに許されても、野乃花自身が許さなければ彼女の行動は変わらない。
言われた通り、食器を『おひるごはん』に戻しに行く。美波は野乃花がいなくても滞りなく、仕事を遂行していたし、客たちも楽しげで満足そうだ。
それから六階に戻ると、蜂蜜パントリーの扉を横目でみただけで、目的のブローチを掴むと『琥珀海岸』に再び現れた。




