044:四階『琥珀海岸』
そこは『ティースプーン』に『ビー・ガーデン』、『はちみつmoon』の凝った内装とは正反対の、殺風景な店だった。役所の窓口と言った方がしっくりくる。カウンターがあって、その奥の方で髪の毛を一本に結んでいる人が作業をしていた。
”彼女”が二×四ビルで最後に会う、川渡 遥なのであろうと、野乃花は判断した。昨日まで不在で、会うのは初めてだった。
「『おひるごはん』の定食をお持ちしました」
声を掛けると、作業用のゴーグルを外して遥がやって来た。
「わざわざ、ありがとうございます。やぁ、あなたが野乃花さんですか? よろしくお願いします」
四つの店の店主が女性だったことと、その名前から、てっきり女性とばかり思い込んでいた野乃花は「あっ」と声を上げそうになった。
川渡遥は女性ではなく、まだ若い男性であった。
『ビー・ガーデン』と『はちみつmoon』は店の内装と店主の恰好があべこべだったが、彼は『琥珀海岸』の内装に相応しい姿をしていた。髪の毛こそ長く、後ろで一本に縛っているが、前からみると、それは気にならない。オールバックと言われたらそう思う。黒縁の眼鏡に白いシャツには黒い腕カバー。一昔前の区役所の戸籍係といった風情だ。
野乃花はカウンターに『おひるごはん』の今日の定食を置いた。
コンソメスープの中に浮かんだロールキャベツにはケチャップが添えられている。副菜は人参サラダ。ホウレンソウとチーズのキッシュが一切れ。そしてご飯。デザートは昨日のイチゴを使ったババロアである。
「ありがとうございます」
これで”仕事”は済んだ。
野乃花が一礼して出て行こうと足を扉に向ける。この日も挿していた簪が揺れた。
遥はそれに目を留めた。
「その簪を使って下さってありがとうございます。
付け心地はいかがですか?」
自然と手がまとめられた髪の毛に伸びる。広瀬耕之進の就職祝の簪は、六角形に作られた銀の枠に琥珀がはめ込まれ、そこに銀製の小さなミツバチがとまっているという意匠であった。
確かに、ここで作られたもののようだ。
「問題ありません。長さも大きさもちょうどいいと思います。琥珀は軽いので、長くつけていても気になりませんね」
口調も雰囲気もお役所の窓口のようで、答える野乃花も事務的だったので、傍から見ると、何かの手続きをしているようだ。
「それは良かった」
遥は嬉しそうに笑い、女性の装身具を作るのに、デザインの良さだけでなく着脱のし易さや、付け心地も大事だと思うのでと、自分の頭を指した。
「髪の毛を伸ばして、自分でも試しているんですが、やはり自分以外に使用している方の感想は参考になります」
「そうでしたか……」
よく見れば、髪の毛を縛っているゴムにも琥珀がついている。外見はお役人さんだが、中身は職人肌だ。
「よければ琥珀を見て行きませんか?
………あなたに琥珀を見せてあげて欲しいと、美波さんから頼まれたので」
美波の求めに応じて、野乃花を足止めしてくれようとしているのがすぐに分かった。
『ティースプーン』のように持て余されたとは考えたくない。美波の心遣いと捉える。
よって、言われるままに、琥珀を見ていくことにした。




