表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
98/153

第1節「朝の聖療院」

朝日が差し込む頃には、聖療院はもう動き始めていた。


「次の方どうぞー!」


「包帯こっち足りません!」


「熱のある子は奥へ運んでください!」


 以前は慌ただしく走り回るだけだった声も、今では不思議と流れが出来ている。


 入口近くでは、新人の治療補助役が患者の案内をしていた。


 奥では診察担当が症状を聞き取り、さらに重症度ごとに振り分けられていく。


 薬草の匂い。


 煎じた薬の湯気。


 紙をめくる音。


 忙しいのに、混乱はしていない。


 そんな空気が、今の聖療院にはあった。


「次の包帯持ってきました!」


「ありがとう。そこへ置いておいて」


 エリシアが書類を確認しながら答える。


 机の上には地方支部から届いた報告書が積まれていた。


 患者数。


 不足物資。


 薬草の消費。


 地方巡回の日程。


 以前なら、一つの問題が起きるたびに現場は止まっていた。


 でも今は違う。


 誰かが止まっても、他の誰かが動く。


 少しずつ。


 本当に少しずつだけれど。


 “回る場所”になり始めていた。


「エリシアさん! 第三診察室、終わりました!」


「では消毒を済ませて次を通してください。重症者は優先順位を上げます」


「は、はい!」


 新人の少女が慌てて走っていく。


 その背中を見送りながら、エリシアは小さく息を吐いた。


「……少しは形になってきましたね」


「ふふ、頑張ってるじゃない」


 隣で薬瓶を整理していたマリアが笑う。


 白髪混じりの髪を後ろで軽く束ね、いつものように柔らかな空気を纏っていた。


「まだまだです。地方支部の薬草管理も不安定ですし、人手も足りません」


「あらあら、厳しいねぇ」


「現場は甘く見られませんから」


 そう言いながらも、エリシアの表情はどこか柔らかかった。


 以前よりも。


 ずっと。


 マリアはそんな変化をちゃんと見ている。


「でも、最初の頃より顔つきが良くなったよ」


「……そうですか?」


「うん。前はもっと、潰れそうな顔してた」


「っ……」


 エリシアが少しだけ視線を逸らす。


 図星だった。


 全部を抱え込もうとして、余裕なんてどこにもなかった頃。


 でも今は違う。


 一人では回らないと知っている。


 頼っていい人達が居ると知っている。


 だから少しだけ、肩の力を抜けるようになった。


「エリシアー!」


 ぱたぱたと軽い足音。


 振り返るより先に、明るい声が飛び込んでくる。


「えへへ、おはよう!」


 金髪の少女――シャーロットが、小さく手を振りながらこちらへやって来た。


「おはようございます。今日は少し遅かったですね」


「ちょっとだけ寝坊しちゃった」


「ちょっとだけ、で済む時間ではありませんよ?」


「うぅ……」


 エリシアが呆れたようにため息を吐く。


 けれど怒っている訳ではない。


 その空気を見て、周囲の新人達が少し安心したように笑った。


 以前は近寄り難かったエリシアも、今では現場の空気に溶け込んでいる。


「今日は地方支部から報告も来ています。あとで確認してください」


「うん、分かった!」


 シャーロットが書類の束を受け取る。


 その量を見て、少し目を丸くした。


「……増えたねぇ」


「地方支部も増えましたから」


「そっかぁ……」


 紙の束を見つめながら、シャーロットは少しだけ不思議そうに笑った。


 最初は、小さな診療所みたいなものだった。


 目の前の人を助けたくて。


 少しでも楽になればと思って。


 手を伸ばし続けていた。


 それが今では、地方にまで広がっている。


 自分の見えていない場所でも、誰かが動いている。


 誰かを助けている。


 そんな現実が、まだ少し不思議だった。


「……えへへ」


「どうしました?」


「なんかね、すごいなぁって思って」


 シャーロットが柔らかく笑う。


 窓の外では、また新しい患者を乗せた馬車が止まっていた。


 それを見たエリシアが、すぐに指示を飛ばす。


「軽症者は待機列へ! 熱のある方は別室へ移してください!」


「はい!」


 すぐに動き出す新人達。


 以前よりもずっと滑らかに。


 その光景を見ながら、シャーロットは小さく目を細めた。


 自分が居なくても。


 少しずつ、この場所は回り始めている。


 そんな朝だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ