第8節「国母への道」
春の王都。
柔らかな風が街を抜けていく。
窓の外では、子供たちの笑い声が聞こえていた。
「……平和になったね」
シャーロットが小さく呟く。
王城の執務室。
机の上には、相変わらず大量の書類が積まれている。
でも。
昔みたいな張り詰めた空気は、もうなかった。
「まだ問題は山積みだ」
レオンが淡々と言う。
「うぅ、現実」
「現実を見る立場になったからな」
容赦がない。
でも。
シャーロットは少し笑った。
前なら、こういう会話をする未来なんて想像もしていなかった。
「……不思議」
「何がだ」
「私、最初は小さな診療所しか見えてなかったから」
スラムの小さな教会。
目の前の人。
届く範囲。
それだけだった。
「でも今は」
シャーロットは王国地図を見る。
各地へ広がる診療所。
教育区域。
巡回医療班。
沢山の人の名前。
沢山の繋がり。
「見えない場所にも届いてる」
ぽつり、と零れる。
その言葉に。
レオンは静かに目を細めた。
「お前が始めたことだ」
「私一人じゃないよ」
シャーロットはすぐに首を振る。
「皆がいたから」
その言葉が、今のシャーロットらしかった。
一人で背負わない。
ちゃんと支えられる。
ちゃんと繋げられる。
「……そうだな」
レオンも小さく頷く。
その時。
「シャーロット様ー!」
外から元気な声が響いた。
窓を見る。
聖療院の子供たちだった。
「見てー!」
「字書けるようになった!」
「わぁ……!」
窓際へ駆け寄る。
嬉しそうに紙を見せてくる子供たち。
以前助けた子もいる。
地方から来た子も。
皆、笑っていた。
「……えへへ」
自然と笑みが零れる。
それを見ながら。
エリシアが静かに言った。
「本当に変わりましたね」
「へ?」
「王国も」
「シャーロット様も」
シャーロットは少し照れたように笑う。
「……そうかな」
「そうです」
エリシアは優しく頷く。
「前のあなたは、“自分だけで救おう”としていました」
でも今は違う。
支え。
任せ。
繋いでいる。
「きっとそれが」
エリシアが静かに笑う。
「“国母”なんだと思います」
その言葉に。
シャーロットは少しだけ目を丸くした。
国母。
まだ実感はない。
でも。
もしそれが。
誰かを支えて。
皆で繋いで。
見えない場所へ救いを届けることなら。
「……頑張る」
小さく呟く。
窓の外では、春風が優しく吹いていた。
少女は今――
“見える範囲しか救えなかった少女”から、“国全体を支える存在”へ、静かに歩き始めていた。




