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第3節「違和感」

地方教会の朝は早い。


 まだ日が昇り切る前から、修道女たちは動き始める。


 水汲み。


 掃除。


 朝食の準備。


 診療室の確認。


 やることはいくらでもあった。


「シャーロット、包帯を持ってきてもらえますか?」


「はーい!」


 ぱたぱたと小走りで動く。


 最初は慣れなかった教会生活も、少しずつ身体に馴染み始めていた。


 子供たちとも仲良くなった。


 修道女たちも優しい。


 何より。


「ありがとう」


 そう言われることが増えた。


 それがシャーロットには嬉しかった。


「次の患者さん、どうぞー」


 診療室の手伝いも任されるようになっていた。


 と言っても、専門的なことは何もできない。


 椅子を運んだり、水を持ってきたりするだけだ。


 でも。


「……落ち着く」


 そんな声が増えていた。


 今日も年配の女性が、診察椅子に座りながらぽつりと呟く。


「ここに来ると、少し安心するんです」


「えっ」


 シャーロットはきょとんとした。


「そうかな?」


「ええ」


 女性は穏やかに笑う。


「不思議ですねぇ」


 不思議なのは、修道女たちも同じだった。


「シスター・レナ」


 昼休憩の時間。


 若い修道女が小声で話しかけてくる。


「やっぱり、あの子……」


「ええ」


 レナは静かに頷いた。


「普通ではありません」


 診療室の空気が違う。


 患者が落ち着く。


 暴れていた子供が静かになる。


 眠れなかった人間が眠る。


 しかも。


「回復魔法を使っていない時まで影響がある……」


 そこが異常だった。


 普通、魔法は発動時だけ作用する。


 だがシャーロットは違う。


 存在しているだけで、周囲へ影響を与えているように見えた。


「聖属性……なのでしょうか」


「ですが、記録と違いすぎます」


 聖属性魔法は希少だ。


 中央教会でも扱える者は少ない。


 だが、シャーロットの力は既存の回復術と噛み合わなかった。


 傷を瞬時に治すわけじゃない。


 劇的な奇跡でもない。


 なのに。


 確かに“楽になる”。


「……本人が自覚していないのも問題ですね」


 レナは静かに息を吐いた。


 その頃。


「うぅぅ……」


 シャーロットは厨房で唸っていた。


「どうしました?」


「じゃがいも剥けない……」


 真剣な顔で格闘している。


 だが形が酷い。


 ほとんど削り落としていた。


「……ふふ」


 修道女が思わず笑う。


「シャーロット、不器用ですね」


「うぅ……」


 しょんぼりする。


「スラムだと、こんな立派なご飯作らなかったし……」


「なら覚えていけばいいんですよ」


「……うん」


 少しだけ笑う。


 その時。


 診療室の方から泣き声が聞こえた。


「やだぁっ!!」


 子供の声だった。


 シャーロットが反射的に顔を上げる。


「……!」


 気づけば足が動いていた。


「シャーロット?」


 診療室へ駆け込む。


 そこでは小さな男の子が泣きながら暴れていた。


「痛いのやだぁ!!」


「大丈夫ですよ、すぐ終わりますから」


 修道女が必死に宥めている。


 怪我の消毒らしい。


 だが子供は怖がっていた。


 シャーロットはおろおろしながら近づく。


「え、えっと……」


 男の子が涙目でこちらを見る。


「……怖い?」


 こくこく、と頷く。


 シャーロットは少し考えてから、そっとその子の手を握った。


「大丈夫だよ」


 暖かな光が滲む。


 本当に微かな光。


 けれど。


「……ぁ」


 男の子の呼吸が少し落ち着いた。


 ぎゅっと握り返してくる。


「……やる」


 涙声のまま言う。


 修道女たちは驚いた顔をした。


 さっきまであんなに暴れていたのに。


「えっと……頑張れ」


 シャーロットが笑う。


 男の子は泣きながらも頷いた。


 治療が始まる。


 痛いはずだ。


 それでも男の子は、シャーロットの手を握ったまま耐えていた。


「……終わりましたよ」


 修道女がそう言う頃には、男の子は半分眠そうになっていた。


「すごい……」


 若い修道女が呟く。


 レナも静かにシャーロットを見つめていた。


 やはり違う。


 ただ傷を治す力ではない。


 もっと根本的に、“苦しさ”へ寄り添うような力。


「……中央へ報告した方がいいかもしれませんね」


 レナが小さく呟く。


 その視線の先で。


 シャーロットは男の子へ嬉しそうに笑っていた。


「頑張ったねぇ」

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