第2節「雑用係」
「今日から、しばらくここでお手伝いしてもらいます」
朝食を食べ終えた後。
シスター・レナは穏やかな声でそう言った。
「お手伝い?」
「はい。地方教会も人手不足ですから」
そう言って苦笑する。
地方教会は決して裕福ではない。
病人の世話。
孤児の管理。
掃除。
洗濯。
やることは山ほどある。
「で、でも私、あんまり役に立たないよ?」
シャーロットは不安そうに言った。
生活魔法くらいしか使えない。
力仕事も得意じゃない。
勉強もしたことがない。
そんな自分に何ができるのだろう。
だがレナは首を振った。
「そんなことありません」
「……ほんと?」
「ええ。まずは簡単なことから覚えていきましょう」
優しい声だった。
シャーロットは少しだけ安心したように笑う。
「……うん!」
そして始まった教会生活は、思っていたよりずっと忙しかった。
「わわっ」
大きな洗濯籠を抱えながら、シャーロットがふらつく。
修道女たちの服。
シーツ。
包帯。
洗う物は大量にある。
「無理しなくていいですよ?」
「だ、大丈夫!」
と言いながら、全然大丈夫そうではない。
小柄な身体で必死に運んでいる。
それでも。
「綺麗になると気持ちいいねぇ」
嬉しそうだった。
昼には掃除。
夕方には子供たちの世話。
「シャーロットお姉ちゃん!」
「絵本読んでー!」
「えっ、わ、私読むの遅いよ?」
「いいのー!」
気づけば子供たちに囲まれている。
シャーロットは少し困りながらも、絵本を開いた。
読むのは拙い。
ところどころ噛む。
でも。
「むかしむかし……」
その声は妙に安心する。
だから子供たちは、いつの間にか静かになっていた。
「……寝てる」
読み終わる頃には、何人か寝てしまっている。
シャーロットはくすっと笑った。
「疲れてたのかな」
その様子を、少し離れた場所からレナが見ていた。
「不思議な子……」
ぽつりと呟く。
特別優秀なわけではない。
掃除も失敗する。
洗濯物を落とす。
本もあまり読めない。
でも。
周囲が自然と落ち着くのだ。
「シスター・レナ!」
呼ばれて振り向く。
若い修道女が少し慌てた様子でやってきた。
「診療室の男の子なんですが……」
「また暴れているのですか?」
「いえ、その……」
言いづらそうに視線を逸らす。
「シャーロットさんが来てから、急に落ち着いて」
「……え?」
レナは目を瞬かせた。
診療室へ向かう。
そこには怪我をした男の子が寝ていた。
昨日までは痛みで泣き叫んでいた子だ。
けれど今は静かに眠っている。
その隣にはシャーロットが座っていた。
「……あっ」
こちらに気づき、慌てて立ち上がる。
「ご、ごめんなさい! 勝手に入っちゃった!」
「いえ、それは構いませんが……」
レナは男の子を見る。
穏やかな寝顔だった。
「何をしたんです?」
「えっと……」
シャーロットは困ったように首を傾げる。
「眠れないって言ってたから、手を握ってただけ」
「手を?」
「うん」
本当にそれだけらしい。
けれど。
男の子の呼吸は落ち着いていた。
表情も穏やかだ。
「……」
レナは静かに考え込む。
やはりおかしい。
普通の回復魔法とは違う。
もっと精神へ近い。
安心感。
鎮静。
痛みの緩和。
まるで“苦しさそのもの”へ触れているような。
「シャーロット」
「なぁに?」
「あなた、自分の力について教わったことは?」
「ないよ?」
即答だった。
「生活魔法しか使えないって言われてたし」
「……そうですか」
レナは小さく息を吐く。
この少女は、自分がどれだけ異質なのか分かっていない。
でも、それが余計に危うかった。
「……あの」
シャーロットがおずおずと口を開く。
「私、本当にここにいていいの?」
「どうしてです?」
「だって私、役立たずだし……」
その言葉に、レナは少し眉を寄せた。
「誰にそんなことを言われたんです?」
「みんな?」
悪気なく答える。
スラムでは当たり前だった。
生活魔法しか使えない子供なんて珍しくない。
食べ物を生み出せるわけでもない。
大きな火を出せるわけでもない。
だから“役立たず”。
それが普通だった。
「……少なくとも、ここでは違います」
レナは静かに言った。
「あなたがいると、皆落ち着くんです」
「……?」
シャーロットはきょとんとする。
やっぱり分かっていない。
その様子にレナは少しだけ笑った。
「まずは、ちゃんと食べて、ちゃんと眠ることを覚えましょう」
「ぅ」
「返事は?」
「……はぁい」
少ししょんぼりした返事。
でも。
その声を聞いて、診療室の空気が少しだけ和らいだ気がした。




