第1節「目を覚ました場所」
柔らかな香りがした。
薬草の匂い。
それと、温かなスープの香り。
「……ん」
ぼんやりと目を開く。
見慣れない天井だった。
木でできた天井。
けれどスラムの小屋みたいに隙間だらけではない。
ちゃんとした部屋。
「……ぁ」
身体を起こそうとして、シャーロットは目を丸くした。
柔らかい。
寝ていたのは、ちゃんとしたベッドだった。
薄いけれど綺麗な毛布。
白いシーツ。
信じられないくらい暖かい。
「起きましたか?」
優しい声が聞こえる。
振り向く。
白い修道服を着た女性が立っていた。
昨日、自分を抱えていた修道女だった。
「えっ、えっと……」
シャーロットは慌てて周囲を見回す。
小さな部屋。
木棚。
薬草。
窓から差し込む朝日。
「ここ、どこ……?」
「地方教会です」
「教会……」
シャーロットは小さく呟く。
スラムにも教会はある。
でも、こんな綺麗な場所ではなかった。
「あなた、道で倒れていたんですよ」
「……ぁ」
昨日の記憶が少し戻る。
リナという女の子。
熱。
光。
それから――。
「ご、ごめんなさい!」
反射的に頭を下げる。
「ご迷惑かけました……!」
修道女は目を瞬かせた。
「どうして謝るんです?」
「えっ」
「助けられるべき人が、助けられただけですよ」
穏やかな声だった。
シャーロットはきょとんとする。
そんなことを言われたことがなかった。
スラムでは、自分のことで精一杯なのが普通だ。
だから誰かを助ける余裕なんてない。
「……変なの」
ぽつりと漏れる。
「ふふ」
修道女は小さく笑った。
「まずは食事にしましょう」
机へスープが置かれる。
白い湯気。
パンまである。
シャーロットの目が見開かれた。
「た、食べていいの!?」
「もちろんです」
「ほんとに!?」
声が弾む。
修道女は思わず苦笑した。
シャーロットは慌ててスープへ手を伸ばす。
でも。
「……いただきます」
ちゃんと手を合わせた。
その様子に修道女は少し驚く。
スラム育ちとは思えないほど礼儀正しかった。
シャーロットは一口スープを飲む。
「……おいしい」
ぽろりと零れた。
暖かかった。
身体の奥まで染み込むみたいだった。
「ゆっくり食べてくださいね」
「う、うん……!」
夢中でパンを食べる。
その姿は、まるで小動物みたいだった。
修道女は少しだけ目を細める。
痩せている。
軽すぎる身体。
手も細い。
きっと長い間、満足に食べていなかったのだろう。
「……どうしてあんな無茶を?」
ふと尋ねる。
シャーロットはパンを持ったまま首を傾げた。
「無茶?」
「倒れるまで人を助けていたでしょう」
「……ぁ」
少し困ったように笑う。
「苦しそうだったから」
あまりにも自然な返答だった。
修道女は言葉を失う。
見返りの話じゃない。
善人ぶっているわけでもない。
本当に、それだけなのだ。
「でも、あなたまで倒れたら意味がありません」
「うーん……」
シャーロットは少し考え込む。
「でも、放っておけなくて」
やっぱりそこへ戻る。
修道女は小さく息を吐いた。
「あなた、名前は?」
「シャーロット」
「私はシスター・レナです」
「レナさん」
呼び方が柔らかい。
どこか安心する声だった。
「シャーロット」
「なぁに?」
「あなたの力、少し見せてもらえますか?」
「……力?」
きょとん、と首を傾げる。
修道女――レナは静かに頷いた。
昨夜見た光。
あれが気になっていた。
普通の回復魔法とは違う。
もっと静かで、暖かい何か。
「えっと……」
シャーロットは困ったように自分の手を見る。
「よく分かんないけど……」
そう言いながら、そっと掌を開いた。
すると。
じんわりと。
淡い光が零れる。
暖かい光だった。
部屋の空気が少しだけ柔らかくなる。
「……っ」
レナが目を見開く。
この感覚。
安心感。
張り詰めていた気持ちが、少しだけ和らぐ。
ただの回復魔法ではない。
けれど。
シャーロット本人は、全く分かっていなかった。
「……こんな感じ?」
不安そうに聞いてくる。
レナは静かに息を呑んだ。
この少女は。
もしかしたら――。




