第6節「見えていなかった」
夕暮れの王城。
赤く染まる廊下を、アルベルトは静かに歩いていた。
人の気配は少ない。
以前なら、常に周囲へ人がいた。
護衛。
貴族。
文官。
未来の国王として。
だが今は違う。
「……」
静かだった。
不思議なくらい。
足音だけが響く。
やがて。
アルベルトは王城のバルコニーへ出た。
眼下には王都が広がっている。
夕暮れの街。
灯りが少しずつ増えていく。
「……変わったな」
ぽつり、と零れる。
遠くには聖療院も見えた。
以前は、ただの小さな教会施設だった場所。
だが今は違う。
人が集まり。
救いが広がり。
王国そのものを変え始めている。
「兄上」
低い声がした。
振り向く。
レオンだった。
「……またお前か」
「少し話を」
アルベルトは小さく息を吐く。
「もう勝者だろう」
「そういう話ではない」
レオンは静かに隣へ立った。
少しの沈黙。
風が吹く。
「……私は」
アルベルトが静かに口を開く。
「民を見ていたつもりだった」
レオンは何も言わない。
「国家を守るには均衡が必要だと思っていた」
「感情だけで動けば破綻すると」
それは今でも間違いだと思っていない。
実際、国家は理想だけでは回らない。
「……だが」
アルベルトは遠くの聖療院を見る。
「見えていなかった」
小さな呟きだった。
地方。
届かなかった人々。
救いを諦めていた人たち。
数字としては知っていた。
報告書でも見ていた。
でも。
“現実”として見えてはいなかった。
「……兄上」
レオンが静かに口を開く。
「あなたは間違っていたわけではない」
「慰めか?」
「違う」
即答だった。
「国家を見る視点は必要だ」
だからこそ。
アルベルトは優秀だった。
だが。
「今の時代は、それだけでは足りなかった」
静かな現実だった。
アルベルトは小さく笑う。
「……時代、か」
悔しさはあった。
苦しさも。
だが不思議と、怒りはなかった。
なぜなら。
変わっていく王国を、自分自身も見てしまったからだ。
「……あの聖女は厄介だな」
ぽつり、と零れる。
レオンが少しだけ目を細めた。
「放っておけない人間を増やしていく」
小さく笑う。
「気づけば周囲まで変えている」
スラムの少女。
小さな診療所。
そこから始まった。
ただ手を伸ばしていただけの少女が。
王国を動かしてしまった。
「……ああ」
レオンも静かに頷く。
夕日が沈み始める。
時代の終わりみたいだった。
そして同時に。
新しい時代の始まりでもあった。
アルベルトは静かに王都を見下ろす。
助かった命。
広がる救い。
変わっていく国。
「……見えていなかったな」
今度の言葉は、少しだけ穏やかだった。
風が吹く。
遠くの聖療院には、今日も灯りがともっていた。
誰かを救うための光が。




