第2節「数字」
王城・執務室。
机の上には、大量の報告書が積まれていた。
「北部地方、感染症死者数六割減少」
「南部区域、衛生導入後の流行病抑制確認」
「地方診療所稼働率上昇」
数字。
結果。
淡々と並んでいる。
「……」
アルベルトは静かに資料を見下ろしていた。
感情では否定出来ない。
成果は出ている。
それが問題だった。
「失礼します」
扉が開く。
入ってきたのはレオンだった。
「兄上」
「……レオンか」
空気が少し張る。
兄弟。
だが最近、周囲の視線は明らかに変わり始めていた。
第一王子。
第二王子。
そして。
“次代”。
「地方支援報告書です」
レオンが新しい資料を机へ置く。
「教育速度も安定してきた」
「地方側で指導役も育ち始めている」
「……」
アルベルトは静かに資料を開く。
数字が並んでいる。
死亡率低下。
衛生改善。
診療所稼働。
全部、“成果”だった。
「……随分派手にやったな」
ぽつり、とアルベルトが言う。
「必要だった」
レオンは即答した。
「流行病は待ってくれない」
「だからといって、国家規模でここまで動かす必要があったのか?」
静かな問いだった。
責める声ではない。
本気で確認している声。
「地方財政負担も増えている」
「貴族側反発も強い」
「中央予算も限界が近い」
アルベルトは淡々と並べる。
全部事実だった。
だが。
「それでも死者は減った」
レオンが静かに返す。
短い。
でも重い。
「……」
アルベルトは言葉を止める。
数字が示している。
結果が出ている。
だから難しい。
「兄上」
レオンが静かに言う。
「今までのやり方では届いていなかった」
地方。
貧困層。
医療不足地域。
見捨てられていたわけじゃない。
ただ、“届いていなかった”。
「だから仕組みを変える必要がある」
「……理屈は分かる」
アルベルトは静かに椅子へ身体を預けた。
「だが国家は理想だけで動かない」
「理想ではない」
レオンの灰色の瞳が真っ直ぐ向く。
「数字だ」
その瞬間。
空気が止まった。
「死亡率低下」
「労働人口維持」
「地方安定」
「流行病抑制」
レオンは淡々と続ける。
「医療整備は慈善ではない」
「国家利益だ」
合理的だった。
あまりにも。
「……」
アルベルトは静かに弟を見る。
昔はもっと感情の薄い人間だと思っていた。
でも今は違う。
この男は。
“現実を動かす”。
「……変わったな」
ぽつり、と零れる。
「兄上も」
レオンが返す。
一瞬、空気が静かになる。
その時。
「失礼致します!」
慌てた騎士が部屋へ飛び込んできた。
「王都民衆側で、第二王子殿下支持の声がさらに拡大しています!」
空気が張る。
「聖療院支持派も増加中です!」
「……」
アルベルトは静かに目を閉じた。
分かっていた。
民は結果を見る。
救われた人間は、救った側を支持する。
それは当然だ。
「……下がれ」
「はっ!」
騎士が退出する。
静寂。
そして。
「時代が動いているな」
アルベルトが静かに呟いた。
レオンは何も答えなかった。
ただ静かに、兄を見つめていた。




