第1節「第一王子の理想」
王城。
高い天井と豪奢な装飾に囲まれた会議室は、重たい空気に包まれていた。
「地方予算が膨らみすぎています」
貴族の一人が険しい顔で言う。
「医療支援に加え、衛生整備まで行う必要が本当にあるのですか?」
「既に中央負担が限界に近い地域もあります」
次々に上がる声。
机の上には、大量の資料が積まれていた。
地方医療支援。
教育予算。
診療所設立。
感染症対策。
以前なら考えられなかった規模だった。
「……」
第一王子アルベルトは、静かに資料を見下ろしていた。
金髪を整えた端正な青年。
王族らしい気品。
だが今、その表情は険しい。
「……やりすぎだ」
ぽつり、と零れる。
部屋が静まった。
「民を救うのは理解する」
アルベルトが静かに言う。
「だが国家には限度がある」
理性的な言葉だった。
実際、間違ってはいない。
「地方全てへ同じ支援を行えば、財政は必ず歪む」
「しかし第二王子殿下側は――」
「分かっている」
アルベルトが低く遮る。
最近、王都では第二王子レオンの支持が急速に伸び始めていた。
理由は明確。
聖療院。
医療改革。
地方支援。
“結果”が出ているからだ。
「……民衆人気ですか」
老貴族が小さく呟く。
「違う」
アルベルトは即座に否定した。
「私は感情論を言っているわけではない」
そして静かに続ける。
「国家運営には均衡が必要だ」
それも正しい。
救済だけで国家は回らない。
予算。
食料。
治安。
全部繋がっている。
「……ですが」
若い貴族が恐る恐る口を開く。
「現実に、地方死亡率は改善しています」
空気が少し重くなる。
「聖療院方式導入後、流行病抑制も成功例が増えています」
「……」
アルベルトは静かに目を閉じた。
分かっている。
結果は出ている。
だから厄介だった。
「第一王子殿下」
別の貴族が小さく声を潜める。
「民衆は“奇跡の聖女”を支持しています」
その瞬間。
会議室の空気が変わった。
「……奇跡、か」
アルベルトの声が少し低くなる。
最近、王都では“神に愛された子”という噂まで広がっている。
流行病を抑え込んだ奇跡。
王都を救った聖女。
そして。
その隣には常にレオンがいる。
「……危うい」
ぽつり、とアルベルトは呟いた。
「奇跡へ依存した国家は、必ず歪む」
それは彼なりの本音だった。
感情ではない。
恐怖でもない。
“国家”を見ているからこその警戒。
「だが民は結果を求めます」
「……」
アルベルトは静かに窓の外を見る。
王都の景色。
遠くに見える聖療院。
あそこから、時代が動き始めている。
でも。
アルベルトには、どうしても割り切れなかった。
「……理想だけでは国は壊れる」
その呟きは、静かな会議室へ小さく落ちていった。




