第7節「回る救い」
春。
王都へ柔らかな風が吹き始めていた。
聖療院の窓も開け放たれ、以前より少し穏やかな空気が流れている。
「次の患者さんどうぞー!」
「熱測りますね!」
慌ただしさは相変わらず。
でも。
以前の“崩壊寸前”とは違っていた。
「……回ってる」
シャーロットが小さく呟く。
診療。
薬品管理。
衛生管理。
教育。
全部が、少しずつ繋がっている。
「当然だ」
レオンは今日も書類を抱えていた。
「教育区域も増えた」
「地方側の初期対応能力も上がっている」
以前なら王都へ患者が集中していた。
でも今は違う。
地方で抑えられる症例が増えていた。
「中央依存が減ってきてるねぇ」
マリアが頷く。
「これなら本当に回り始めるかも」
“回る”。
その言葉に、シャーロットは少しだけ目を細める。
今までは、自分が止まれば終わる気がしていた。
でも今は違う。
皆で繋いでいる。
「シャーロット先生!」
修道女が笑顔で駆け寄ってくる。
「北区域の診療所、今年は死者ゼロだったそうです!」
「……え」
シャーロットが目を丸くする。
「ほんとに?」
「はい! 衛生管理導入後、かなり改善したみたいです!」
その言葉に。
胸の奥が少し熱くなる。
自分はそこへ行っていない。
でも。
届いていた。
「……すごい」
ぽつり、と零れる。
その時。
「奇跡ではない」
レオンが静かに言った。
「積み重ねだ」
教育。
共有。
分担。
仕組み。
一つ一つ積み上げてきた結果だった。
「……うん」
シャーロットが静かに頷く。
奇跡だけじゃ続かなかった。
でも。
人の手で繋げれば、広げていける。
「……なんか変な感じ」
シャーロットが少し笑う。
「私、何もしてない場所なのに」
「何もしていないわけではない」
ルナが静かに言う。
「最初に手を伸ばした」
その言葉に。
シャーロットは少しだけ目を見開く。
スラム。
小さな診療所。
届かなかった命。
泣きながら手を伸ばしていた頃。
全部繋がっている。
「……えへへ」
自然と笑みが零れた。
その時。
外から元気な声が響く。
「シャーロットー!」
子供たちだった。
以前診療した子たちが、聖療院へ遊びに来ている。
「見て見て!」
「走れるようになった!」
「わぁ……」
元気いっぱいに走り回っている。
その姿を見ながら。
シャーロットは少しだけ目を潤ませた。
「……届いてる」
小さな呟き。
直接見えない場所にも。
ちゃんと。
救いが広がっている。
聖療院の中では、今日も人が動いている。
誰かが薬を運び。
誰かが患者を支え。
誰かが知識を教える。
一人じゃない。
だから回る。
少女は今――
“奇跡に頼らない救い”が、確かに広がり始めていることを実感していた。




