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第5節「広がる医療(上)」

 強制休暇から戻った頃には、王都の空気も少し落ち着きを取り戻していた。


「おかえりなさい」


 聖療院の入口で、エリシアが静かに頭を下げる。


「た、ただいま……?」


「疑問形やめてください」


「うぅ……」


 まだ少し怖い。


 無茶した件は、完全に全員へ共有されていた。


「ちゃんと休めましたか?」


「……休んだ」


「本当に?」


「多分」


「フレアさん」


「ちゃんと休んでたよー!」


 フレアが元気よく親指を立てる。


 ルナも静かに頷いた。


「以前より顔色は良い」


「……なら良しとします」


 エリシアが小さく息を吐く。


 その時。


「戻ったか」


 レオンが書類を持ったまま歩いてきた。


「殿下」


「休暇中に進んだ分だ」


 どさっ。


 机へ大量の書類が置かれる。


「わぁ……」


 シャーロットの顔が引きつった。


「地方教会への教育資料配布」

「衛生指導計画」

「医療班派遣案」


 全部、“仕組み”関連だった。


「増えてる……」


「当然だ」


 レオンは淡々としている。


「地方側から正式支援要請が来始めている」


 流行病の件で、聖療院の噂は一気に広がった。


 “奇跡の聖女”。


 “王都の聖療院”。


 その結果。


 地方教会側も動き始めている。


「でも私、全部行けないよ?」


 シャーロットが不安そうに言う。


「行かせるつもりもない」


 即答だった。


「え?」


「だから教育した」


 レオンが静かに言う。


「地方側へ知識を渡す」

「対応を共有する」

「人を育てる」


 それが今の方針だった。


「……」


 シャーロットは少し目を見開く。


 そうか。


 自分が全部行く必要はない。


 知識を繋げればいい。


「中央から医療班も一部派遣するよ」


 マリアが地図を広げながら言った。


「まずは近隣区域からだねぇ」


 地図には赤い印が増えている。


 流行病発生区域。


 医療不足地域。


 衛生状態が悪い場所。


「こんなに……」


「王都だけ見てても意味ないからね」


 マリアの声は静かだった。


 見えない場所。


 届いていなかった場所。


 そこへ今、少しずつ手を伸ばし始めている。


「……すごい」


 シャーロットがぽつりと呟く。


 前なら考えられなかった。


 一人で全部やるしかないと思っていたから。


「だから“仕組み”なんだ」


 レオンが言う。


「お前が倒れても止まらない」

「地方でも回る」

「誰かが繋げる」


 そのための再現性。


 そのための教育。


「……届いてる」


 小さく呟く。


 まだ小さい。


 完璧じゃない。


 でも確かに。


 “自分が見えていなかった場所”へ、少しずつ救いが広がり始めていた。


 その時。


「シャーロット先生!」


 修道女が慌てて走ってくる。


「地方教会から感謝状が届いてます!」


「えっ」


 渡された封筒。


 そこには、不器用な文字でこう書かれていた。


『教えて頂いた衛生管理で、今年は多くの子供が助かりました』


「……っ」


 シャーロットの目が少し揺れる。


 自分が直接行ったわけじゃない。


 でも。


 ちゃんと届いていた。


 少女は今――


 “自分が見えない場所へ届く救い”を、初めて実感し始めていた。

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