第4節「強制休暇(下)」
山奥の湖は、時間の流れまでゆっくりな気がした。
風が吹く。
木々が揺れる。
湖面が静かに光を反射していた。
「……静か」
シャーロットがぽつりと呟く。
本当に何もない。
患者も。
怒鳴り声も。
慌ただしい足音も。
何も聞こえない。
「はい、これ」
フレアが木の串を差し出してきた。
「焼き魚!」
「いつの間に……」
「獲った!」
「すごい」
普通に感心した。
というか、ドラゴンだから多分かなり強い。
「えへへー」
フレアが嬉しそうに笑う。
少し焦げてるけど、ちゃんと美味しかった。
「……おいしい」
「でしょ!」
湖畔へ座りながら食べる。
静かな時間だった。
ルナは少し離れた木陰で、本を読んでいる。
相変わらず静かだ。
「……」
シャーロットはぼんやり空を見る。
青空。
流れる雲。
何も考えなくていい時間。
なのに。
まだ少し落ち着かなかった。
「……戻らなくて平気かな」
また小さく呟いてしまう。
すると。
ぱしゃっ。
「きゃっ!?」
突然、水を掛けられた。
「フレアぁ!?」
「今仕事禁止ー!」
フレアが笑いながら湖へ入っている。
「ほら来る!」
「い、行かないよぉ!」
「来る!」
ばしゃばしゃ水を飛ばしてくる。
「冷たいぃ!」
逃げながら笑ってしまう。
本当に久しぶりだった。
こんな風に、何も考えず笑うの。
「……」
木陰からその様子を見ていたルナが、小さく目を細める。
「少し戻ったな」
ぽつり、と零れる。
最近のシャーロットは、ずっと張り詰めていた。
助けなければ。
届かなければ。
壊れそうなくらい。
だから今。
笑っているだけで少し安心した。
「ルナー!」
フレアが手を振る。
「こっち来ないのー!?」
「遠慮する」
「つまんなーい!」
即答だった。
シャーロットがくすっと笑う。
その時。
小さな鳥が湖畔へ降りてきた。
水を飲んでいる。
静かな光景だった。
「……平和だね」
ぽつり、とシャーロットが呟く。
「そうだな」
ルナが静かに返す。
「……こういう場所にも」
シャーロットは湖を見る。
「ちゃんと救いって届くのかな」
その言葉に。
ルナは少しだけ視線を向けた。
「届かせたいのだろう?」
「……うん」
迷いのない返事だった。
今までなら、自分一人で行こうとしていた。
でも今は違う。
教育。
医療。
仕組み。
皆で繋げていく。
「……でも今日は休む」
シャーロットが小さく笑う。
ルナが少しだけ目を細めた。
「良い傾向だ」
その時。
「シャーロットー!!」
フレアが全力で飛び込んできた。
ばしゃあっ!!
「きゃあああっ!?!?」
盛大に水を被る。
「フレアぁぁぁ!!」
「えへへへ!!」
湖畔へ笑い声が響く。
静かな自然。
穏やかな時間。
誰も助けを求めていない。
何もしなくていい。
ただ笑っていていい。
少女は今――
少しずつ、“救う側”ではなく、“一人の少女”へ戻り始めていた。




