第7節「代償」
静まり返った聖療院。
さっきまでの混乱が嘘みたいだった。
苦しそうだった患者たちは落ち着きを取り戻し、重症者の容態も安定している。
奇跡だった。
誰も否定出来ない。
だが。
「……起きませんね」
エリシアが小さく呟く。
部屋のベッド。
そこへ横になっているシャーロットは、静かな寝息を立てたまま動かなかった。
顔色は白い。
呼吸も浅い。
「生命反応そのものは安定してる」
マリアが静かに言う。
「でも、聖力消耗が異常だ」
普通ではありえない。
王国全体規模に近い聖魔法。
しかも精密制御付き。
「……生きてるだけ奇跡だな」
レオンが低く呟く。
その声には珍しく感情が混ざっていた。
「……」
ルナは静かにシャーロットを見つめている。
金色の髪。
穏やかな寝顔。
だが。
以前とは、何かが違っていた。
「聖力密度が変わった」
ぽつり、とルナが言う。
「もう完全に人間側ではない」
その言葉に、空気が重くなる。
「……やめてよ」
フレアが小さく言った。
「そういうの」
珍しく笑っていない。
怖かった。
シャーロットが遠くへ行ってしまいそうで。
「事実だ」
ルナの声は静かだった。
「世界が応答していた」
普通の聖女ではない。
もっと別の何か。
「……神に愛された子、か」
レオンがぽつりと呟く。
以前なら、伝承程度にしか思わなかった。
だが今日、全員見てしまった。
“人では届かない奇跡”。
「……」
エリシアは、シャーロットの手を握る。
温かい。
ちゃんと生きている。
でも。
少し怖かった。
「……シャーロット」
小さく名前を呼ぶ。
返事はない。
「無茶しすぎですよ……」
震える声だった。
助かってよかった。
本当に。
でも。
もし戻らなかったらと思うと、今でも胸が苦しい。
「しばらく絶対安静だねぇ」
マリアがため息を吐く。
「目覚めても、当分現場は禁止」
「本人が聞いたら泣きそう」
フレアが小さく言う。
「泣かせておけ」
ルナが即答した。
少しだけ、空気が緩む。
その時。
外からざわめきが聞こえてきた。
「本当に聖女様が……」
「奇跡を……」
噂はもう止まらない。
王都中へ広がっていく。
“奇跡の聖女”。
“神に愛された子”。
だが。
部屋の中にいる皆だけは知っていた。
あれは。
優しすぎる少女が。
“誰も諦めたくない”と願った結果だということを。
「……」
レオンは静かに窓の外を見る。
流行病は抑え込めた。
だが代償は大きい。
そして何より。
「もう隠せないな」
ぽつり、と零れる。
王国はきっと、この少女を放っておかない。
教会も。
貴族も。
民衆も。
皆、“奇跡”を求め始める。
だが。
ベッドで眠る少女は、そんなことも知らずに静かな寝息を立てていた。
少女は今――
“救いそのもの”として、世界へ知られ始めていた。




