第2節「命の選別(上)」
聖療院の空気は重かった。
咳。
うめき声。
慌ただしく走る足音。
薬品の匂い。
全部が混ざっている。
「次の患者搬送!」
「高熱、呼吸不安定です!」
次から次へ運ばれてくる。
止まらない。
「……っ」
シャーロットは小さく息を呑む。
見えてしまう。
今にも崩れそうな命が。
「重症区画埋まります!」
「隔離室足りません!」
現場は完全に限界だった。
「落ち着いて動け!」
「軽症患者は別区画へ!」
マリアが指示を飛ばす。
エリシアも顔色を変えながら人員配置を調整していた。
だが。
追いつかない。
「……殿下」
神官の一人がレオンへ近づく。
「もう限界です」
「分かっている」
「患者を絞らなければ現場が崩壊します」
静かな声だった。
でも。
その言葉の意味は重い。
「……」
シャーロットが小さく俯く。
絞る。
つまり。
診る人を選ぶ。
助ける順番を決める。
「重症患者優先」
「軽症は薬と待機」
「回復見込みの低い者は後回し」
レオンが淡々と指示を出していく。
合理的だった。
正しい。
でも。
「……嫌」
ぽつり、と零れる。
誰かを後回しにする。
見捨てるみたいで。
「シャーロット」
レオンが静かに見る。
「現場を維持しろ」
「崩壊すれば全員死ぬ」
その通りだった。
でも。
納得なんて出来ない。
その時。
「先生……」
小さな声がした。
振り向く。
壁際。
若い母親が、幼い子供を抱いて座っていた。
子供は高熱で苦しそうにしている。
「お願いです……」
震える声だった。
「この子を……」
シャーロットの胸が強く痛む。
助けたい。
今すぐ。
でも。
「シャーロット!」
別方向から叫び声。
「呼吸停止です!」
重症患者。
今にも死にそうな人。
「……っ」
視界が揺れる。
どっちも助けたい。
でも。
身体は一つしかない。
「選べ」
レオンの声が落ちる。
静かだった。
だから余計苦しかった。
「……そんなの」
シャーロットの声が震える。
「出来ないよ……」
命を選ぶなんて。
誰を優先するか決めるなんて。
やりたくない。
でも現場は待ってくれない。
「先生ぇ……」
母親の声。
「お願い……」
その瞬間。
重症室から悲鳴が上がった。
「脈落ちます!!」
「っ!」
マリアが走る。
周囲も動く。
だが人が足りない。
全部足りない。
「……ぅ」
シャーロットの呼吸が乱れる。
見える。
命が消えそうなのが。
全部。
全部見えてしまう。
「落ち着け」
ルナの声が聞こえる。
でも。
落ち着けない。
「……助けたい」
小さく零れる。
その願いは本物だった。
だからこそ苦しい。
その時。
エリシアが、静かにシャーロットの肩へ手を置いた。
「シャーロット」
優しい声だった。
「今は、“全員を一人で救おうとしないでください”」
その言葉に。
シャーロットが少し目を見開く。
でも。
目の前には、助けを求める人がいる。
少女は今――
初めて、“命を選ぶ現実”へ真正面から立たされていた。




