表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/118

第2節「命の選別(上)」

 聖療院の空気は重かった。


 咳。


 うめき声。


 慌ただしく走る足音。


 薬品の匂い。


 全部が混ざっている。


「次の患者搬送!」

「高熱、呼吸不安定です!」


 次から次へ運ばれてくる。


 止まらない。


「……っ」


 シャーロットは小さく息を呑む。


 見えてしまう。


 今にも崩れそうな命が。


「重症区画埋まります!」

「隔離室足りません!」


 現場は完全に限界だった。


「落ち着いて動け!」

「軽症患者は別区画へ!」


 マリアが指示を飛ばす。


 エリシアも顔色を変えながら人員配置を調整していた。


 だが。


 追いつかない。


「……殿下」


 神官の一人がレオンへ近づく。


「もう限界です」


「分かっている」


「患者を絞らなければ現場が崩壊します」


 静かな声だった。


 でも。


 その言葉の意味は重い。


「……」


 シャーロットが小さく俯く。


 絞る。


 つまり。


 診る人を選ぶ。


 助ける順番を決める。


「重症患者優先」

「軽症は薬と待機」

「回復見込みの低い者は後回し」


 レオンが淡々と指示を出していく。


 合理的だった。


 正しい。


 でも。


「……嫌」


 ぽつり、と零れる。


 誰かを後回しにする。


 見捨てるみたいで。


「シャーロット」


 レオンが静かに見る。


「現場を維持しろ」

「崩壊すれば全員死ぬ」


 その通りだった。


 でも。


 納得なんて出来ない。


 その時。


「先生……」


 小さな声がした。


 振り向く。


 壁際。


 若い母親が、幼い子供を抱いて座っていた。


 子供は高熱で苦しそうにしている。


「お願いです……」


 震える声だった。


「この子を……」


 シャーロットの胸が強く痛む。


 助けたい。


 今すぐ。


 でも。


「シャーロット!」


 別方向から叫び声。


「呼吸停止です!」


 重症患者。


 今にも死にそうな人。


「……っ」


 視界が揺れる。


 どっちも助けたい。


 でも。


 身体は一つしかない。


「選べ」


 レオンの声が落ちる。


 静かだった。


 だから余計苦しかった。


「……そんなの」


 シャーロットの声が震える。


「出来ないよ……」


 命を選ぶなんて。


 誰を優先するか決めるなんて。


 やりたくない。


 でも現場は待ってくれない。


「先生ぇ……」


 母親の声。


「お願い……」


 その瞬間。


 重症室から悲鳴が上がった。


「脈落ちます!!」


「っ!」


 マリアが走る。


 周囲も動く。


 だが人が足りない。


 全部足りない。


「……ぅ」


 シャーロットの呼吸が乱れる。


 見える。


 命が消えそうなのが。


 全部。


 全部見えてしまう。


「落ち着け」


 ルナの声が聞こえる。


 でも。


 落ち着けない。


「……助けたい」


 小さく零れる。


 その願いは本物だった。


 だからこそ苦しい。


 その時。


 エリシアが、静かにシャーロットの肩へ手を置いた。


「シャーロット」


 優しい声だった。


「今は、“全員を一人で救おうとしないでください”」


 その言葉に。


 シャーロットが少し目を見開く。


 でも。


 目の前には、助けを求める人がいる。


 少女は今――


 初めて、“命を選ぶ現実”へ真正面から立たされていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ