表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/121

第1節「崩壊寸前」

 冬の終わり頃だった。


 王都へ冷たい雨が降り続いている。


 そして。


 聖療院は今までで一番の混乱に包まれていた。


「次の患者さんこちら!」

「熱病患者増加しています!」

「隔離区画埋まりました!」


 怒号みたいに声が飛び交う。


 運び込まれる患者。


 咳。


 苦しそうな呼吸。


 泣き声。


 待機列は廊下どころか、外まで伸びていた。


「……っ」


 シャーロットは小さく息を呑む。


 多い。


 多すぎる。


 流行病。


 しかも今回は感染力が強かった。


「北区域でも拡大中です!」

「地方教会からも支援要請!」


 現場は限界へ近づいていた。


「重症患者優先!」

「軽症は隔離後、薬配布!」


 マリアが指示を飛ばす。


 エリシアも書類整理と人員配置で走り回っていた。


 誰も止まれない。


「……」


 シャーロットは患者たちを見る。


 苦しそうな人。


 高熱で震える子供。


 不安そうな親。


 全部見えてしまう。


「シャーロット!」


 レオンが低い声で呼ぶ。


「重症側へ集中しろ」


「でも……!」


「全員は無理だ」


 即答だった。


 分かっている。


 分かっているけど。


 目の前に苦しんでいる人がいる。


「……っ」


 胸が苦しい。


 その時。


「先生……」


 小さな女の子が、シャーロットの服を掴いた。


「おかあさん、くるしいの……」


 振り向く。


 壁際。


 女性が荒い呼吸で座り込んでいた。


 顔色が悪い。


 明らかに悪化している。


「……!」


 シャーロットが動こうとした瞬間。


「待て」


 レオンが止める。


「重症患者が先だ」


「でもあの人も……!」


「全員を同時には救えない」


 静かな声だった。


 でも。


 残酷だった。


「……っ」


 シャーロットが唇を噛む。


 まただ。


 また、“選ばなきゃいけない”。


 その時。


「先生!」


 修道女が叫ぶ。


「重症患者、呼吸停止します!」


 空気が変わる。


 マリアが即座に走る。


「シャーロット!」


「……っ!」


 身体が動く。


 重症室。


 ベッドの上では、青年が苦しそうに痙攣していた。


「肺炎悪化!」

「酸素不足!」


 周囲が慌ただしく動く。


 でも。


 その奥では別の患者も咳き込んでいる。


 誰も余裕がない。


「……見える」


 シャーロットの視界へ、命の状態が流れ込む。


 弱い呼吸。


 不安定な脈。


 崩れかけている身体。


 多すぎる。


「落ち着け!」


 マリアの声。


 だが。


 患者が次々運ばれてくる。


「まだ来ます!」

「隔離区画限界です!」


 現場が悲鳴を上げ始めていた。


「……回ってない」


 シャーロットが小さく呟く。


 聖療院。


 役割分担。


 支え合い。


 全部やってきた。


 それでも。


 足りない。


「当然だ」


 レオンの声は冷静だった。


「流行規模が想定を超えている」


「じゃあどうするの……!」


 シャーロットの声が震える。


 こんなに頑張ってるのに。


 皆必死なのに。


 それでも届かない。


「選別する」


 静かな声だった。


 部屋が凍る。


「……え」


「助かる可能性が高い患者を優先する」


 合理的。


 正しい。


 でも。


「そんなの……!」


 シャーロットの顔が歪む。


 命を選ぶ。


 助ける人を決める。


 それは。


 一番やりたくなかったことだった。


 窓の外では、冷たい雨が降り続いている。


 そして聖療院は今――


 静かに、崩壊寸前まで追い込まれ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ