第1節「崩壊寸前」
冬の終わり頃だった。
王都へ冷たい雨が降り続いている。
そして。
聖療院は今までで一番の混乱に包まれていた。
「次の患者さんこちら!」
「熱病患者増加しています!」
「隔離区画埋まりました!」
怒号みたいに声が飛び交う。
運び込まれる患者。
咳。
苦しそうな呼吸。
泣き声。
待機列は廊下どころか、外まで伸びていた。
「……っ」
シャーロットは小さく息を呑む。
多い。
多すぎる。
流行病。
しかも今回は感染力が強かった。
「北区域でも拡大中です!」
「地方教会からも支援要請!」
現場は限界へ近づいていた。
「重症患者優先!」
「軽症は隔離後、薬配布!」
マリアが指示を飛ばす。
エリシアも書類整理と人員配置で走り回っていた。
誰も止まれない。
「……」
シャーロットは患者たちを見る。
苦しそうな人。
高熱で震える子供。
不安そうな親。
全部見えてしまう。
「シャーロット!」
レオンが低い声で呼ぶ。
「重症側へ集中しろ」
「でも……!」
「全員は無理だ」
即答だった。
分かっている。
分かっているけど。
目の前に苦しんでいる人がいる。
「……っ」
胸が苦しい。
その時。
「先生……」
小さな女の子が、シャーロットの服を掴いた。
「おかあさん、くるしいの……」
振り向く。
壁際。
女性が荒い呼吸で座り込んでいた。
顔色が悪い。
明らかに悪化している。
「……!」
シャーロットが動こうとした瞬間。
「待て」
レオンが止める。
「重症患者が先だ」
「でもあの人も……!」
「全員を同時には救えない」
静かな声だった。
でも。
残酷だった。
「……っ」
シャーロットが唇を噛む。
まただ。
また、“選ばなきゃいけない”。
その時。
「先生!」
修道女が叫ぶ。
「重症患者、呼吸停止します!」
空気が変わる。
マリアが即座に走る。
「シャーロット!」
「……っ!」
身体が動く。
重症室。
ベッドの上では、青年が苦しそうに痙攣していた。
「肺炎悪化!」
「酸素不足!」
周囲が慌ただしく動く。
でも。
その奥では別の患者も咳き込んでいる。
誰も余裕がない。
「……見える」
シャーロットの視界へ、命の状態が流れ込む。
弱い呼吸。
不安定な脈。
崩れかけている身体。
多すぎる。
「落ち着け!」
マリアの声。
だが。
患者が次々運ばれてくる。
「まだ来ます!」
「隔離区画限界です!」
現場が悲鳴を上げ始めていた。
「……回ってない」
シャーロットが小さく呟く。
聖療院。
役割分担。
支え合い。
全部やってきた。
それでも。
足りない。
「当然だ」
レオンの声は冷静だった。
「流行規模が想定を超えている」
「じゃあどうするの……!」
シャーロットの声が震える。
こんなに頑張ってるのに。
皆必死なのに。
それでも届かない。
「選別する」
静かな声だった。
部屋が凍る。
「……え」
「助かる可能性が高い患者を優先する」
合理的。
正しい。
でも。
「そんなの……!」
シャーロットの顔が歪む。
命を選ぶ。
助ける人を決める。
それは。
一番やりたくなかったことだった。
窓の外では、冷たい雨が降り続いている。
そして聖療院は今――
静かに、崩壊寸前まで追い込まれ始めていた。




