第3節「命の選別(下)」
聖療院の混乱は、さらに悪化していた。
「次の患者です!」
「隔離区画もう入りません!」
「薬品不足しています!」
誰かが泣いている。
誰かが咳き込んでいる。
怒鳴り声。
祈る声。
全部が混ざっていた。
「……っ」
シャーロットは立ち尽くしていた。
選べない。
誰かを優先する。
誰かを後回しにする。
そんなこと。
本当はしたくない。
「シャーロット!」
マリアの声が飛ぶ。
「こっちだ!」
反射的に走る。
重症区画。
ベッドの上では、呼吸が不安定な患者が苦しそうに震えていた。
「肺が持たない……!」
マリアが歯を食いしばる。
「安定化急ぐよ!」
「……うん!」
シャーロットが手を伸ばす。
金色の光。
呼吸。
脈。
血流。
崩れかけた命が見える。
「落ち着いて……」
必死に支える。
だが。
その奥では別の患者が倒れ込んだ。
「患者転倒!」
「こっちも危険です!」
「……っ」
限界だった。
誰も足りない。
全部追いつかない。
「先生……」
弱い声。
振り向く。
さっきの母親だった。
子供を抱えたまま、不安そうにこちらを見ている。
「お願い……」
シャーロットの胸が締め付けられる。
助けたい。
でも。
「今は重症患者を優先してください!」
修道女が叫ぶ。
現場判断としては正しい。
でも。
目の前の母親は、そんな理屈で納得できる顔をしていなかった。
「……ぅ」
頭が痛い。
見える。
全部見えてしまう。
悪化していく人。
苦しそうな子供。
間に合わない命。
「シャーロット」
レオンの声だった。
「感情で崩れるな」
「……っ」
「今ここでお前が壊れれば、もっと死ぬ」
正論だった。
でも。
苦しい。
「……嫌だ」
ぽつり、と零れる。
「誰かを諦めるの……嫌だ」
震える声だった。
「全部助けたい」
無理だと分かってる。
でも。
諦めたくない。
その瞬間。
「脈停止!!」
空気が凍る。
重症患者の一人だった。
「っ!!」
マリアが飛び込む。
周囲も慌てて動く。
でも。
別の患者も崩れ始めている。
「隔離区画でも悪化者!」
「こっちも危険です!」
現場が完全に悲鳴を上げていた。
「……もう嫌」
シャーロットの目が揺れる。
助けたいのに。
届かない。
また。
また届かない。
「……なんで」
金色の光が、少し強く揺れた。
「なんで届かないの……!」
空気が変わる。
ルナが静かに目を細めた。
「……まずい」
フレアの顔色も変わる。
「シャーロット、それ……」
半覚醒時より、明らかに強い。
聖力が不安定に膨れ上がっていく。
「落ち着け!」
レオンの声。
だが。
シャーロットの視界には、苦しむ人たちしか映っていなかった。
「助けたい……」
ぽろっ、と涙が落ちる。
「全部……」
その瞬間。
聖療院全体へ、淡い金色の光が広がり始めた。
空気が震える。
「……っ!?」
神官たちが息を呑む。
マリアが目を見開く。
そして。
エリシアだけが、苦しそうにシャーロットを見ていた。
少女は今――
限界の先へ、踏み込み始めていた。




