第2節「マリアの指導」
朝の聖療院。
まだ患者が来る前の静かな時間。
薬品棚の整理をしていたシャーロットは、小さく首を傾げていた。
「……これ、どっちだっけ」
似たような薬瓶が並んでいる。
片方は熱冷まし。
もう片方は鎮痛用。
「逆を渡したら大惨事だよ」
「ひゃっ!?」
後ろから声がして、シャーロットが飛び上がる。
「マリア先生ぇ……びっくりしたぁ……」
「朝から危なっかしいねぇ」
マリアが呆れたように笑った。
「ほら、ラベルの色」
「青線が熱冷まし」
「赤線が鎮痛」
「あ、ほんとだ」
「ちゃんと覚える」
「はぁい……」
マリアは棚へ薬瓶を戻しながら、小さく息を吐いた。
「聖魔法が使えても、基礎は大事だよ」
「……うん」
シャーロットが素直に頷く。
半覚醒してから、出来ることは増えた。
でも。
だからこそ痛感していた。
“自分だけで全部は無理”。
「最近は少しマシだけどねぇ」
「へ?」
「前は“自分で全部やる!”って顔してた」
「うぅ……」
思い当たる。
というか、今でも時々やりそうになる。
「回復魔法は便利だ」
マリアが静かに言う。
「でも、便利だからこそ依存する」
薬。
衛生。
診察。
安静。
本来必要なものを飛ばしてしまう。
「だから昔は、回復術師が倒れたら終わりだった」
シャーロットが少し目を見開く。
「終わり……」
「属人化だねぇ」
マリアが肩を竦める。
「一人しか出来ない状態は危ない」
だから聖療院では分担する。
医療班。
薬品管理。
回復術師。
全部を分ける。
「……レオン殿下と同じこと言ってる」
「そりゃ現実だもの」
マリアは苦笑した。
理想だけじゃ回らない。
でも。
現実だけでも、人は救えない。
「だから難しいんだよ」
ぽつり、と零れる。
その時。
「先生ー!」
修道女が慌てて駆け込んできた。
「熱病患者増えてます!」
「隔離区画は?」
「もう埋まりそうです!」
マリアの表情が変わる。
「……来たねぇ」
季節性の流行病。
毎年ある。
だが今年は患者数が多い。
「シャーロット」
「う、うん!」
「まず落ち着いて見ること」
マリアが真っ直ぐ言う。
「全部へ聖魔法を使う必要はない」
「……っ」
「重症化しそうな人を見極める」
「軽症は薬と休養」
「それだけでも十分救える」
シャーロットは小さく息を呑む。
今までなら。
全員へ回復魔法を使おうとしていた。
でも。
それでは自分が先に倒れる。
「……判断するんだね」
「そう」
マリアが頷く。
「救うために、選ぶ」
簡単じゃない。
苦しい。
でも。
現場には必要なことだった。
「……」
シャーロットは静かに手を見る。
半覚醒した聖魔法。
強くなった力。
でもそれだけじゃ足りない。
「魔法だけじゃ、続かない」
小さな呟き。
マリアは少しだけ目を細めた。
「良い顔になってきたねぇ」
「え?」
「前よりちゃんと“現場”見えてる」
その時。
入口側からフレアの声が響いた。
「シャーロットー! また薬瓶間違えそうになってたってほんとー!?」
「ふぇっ!? な、なんで知ってるの!?」
「顔に書いてある!」
「書いてないよぉ!」
騒がしい声が響く。
ルナは窓際で静かに目を閉じていた。
マリアはそんな光景を見ながら、ふっと笑う。
「……まあ」
ぽつり、と呟く。
「こういう空気も、悪くないか」
慌ただしい聖療院。
未完成の現場。
それでもここには確かに、“支えながら続ける救い”が生まれ始めていた。




