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第1節「エリシアの役割」

 聖療院が動き始めてから、中央教会の空気は以前より慌ただしくなっていた。


「次の患者さんはこちらです!」

「薬品補充お願いします!」

「重症側、安定化入ります!」


 人の声が飛び交う。


 誰かが走る音。


 書類を運ぶ修道女。


 慌ただしい現場。


 でも。


 以前の“混乱だけ”とは少し違っていた。


「……ふぅ」


 エリシアは小さく息を吐きながら書類を整理する。


 患者記録。


 薬品管理。


 人員配置。


 最近は事務作業も増えていた。


「エリシアさん!」


「はい」


「この薬品在庫確認お願いします!」


「すぐ向かいます」


 止まる暇がない。


 だが、それでも動く。


「……」


 ふと視線を上げる。


 少し離れた場所。


 シャーロットが小さな子供へ笑いかけていた。


「大丈夫だよ」

「すぐ終わるからね」


 不安そうだった子供の表情が、少しずつ緩んでいく。


「……相変わらずですね」


 エリシアが小さく笑う。


 昔からそうだった。


 苦しそうな人を見ると放っておけない。


 気づけば自分を後回しにする。


 だからこそ。


「シャーロット!」


「ふぇ?」


 エリシアが近づく。


「次の診察まで五分休憩です」


「え、でも――」


「休憩です」


 ぴしゃり。


「うぅ……」


 シャーロットがしゅんとなる。


 その様子を見ながら、近くの修道女がくすっと笑った。


「エリシアさん、最近すごいですね」


「……何がですか?」


「完全に保護者です」


「ほ、保護者……?」


 エリシアが少し目を見開く。


「だってシャーロットさん、放っておくと倒れるじゃないですか」


「それは……そうですが……」


 否定できない。


 実際、何度も無茶をしている。


 だから最近は、周囲が止めるようになっていた。


「エリシアぁ……」


「座ってください」


「はい……」


 しょんぼり座るシャーロット。


 その時。


「悪くない」


 静かな声がした。


 振り向く。


 ルナだった。


「ルナ?」


「支える役割も必要だ」


 静かな声だった。


「シャーロットは前へ出すぎる」


「……」


 エリシアは少しだけ目を伏せる。


 分かっている。


 シャーロットは、自分を削ることを躊躇しない。


 だから。


 誰かが止めなければいけない。


「……私、最初は」


 エリシアが小さく呟く。


「補佐役くらいにしか思ってなかったんです」


 書類整理。


 付き添い。


 雑務。


 それが自分の役割だと。


「でも違った」


 今は分かる。


 支える人がいないと、シャーロットは止まれない。


「皆が前へ出る必要はない」


 ルナが静かに言う。


「支える者も必要だ」


 その言葉が胸へ落ちる。


 その時。


「エリシアさん!」


 修道女が慌てて走ってきた。


「薬品棚整理終わりました!」


「分かりました、確認します」


 エリシアがすぐ動こうとする。


 だが。


「エリシア」


「……?」


 シャーロットが服の裾を軽く掴いていた。


「いつもありがと」


 柔らかな笑顔だった。


「……っ」


 一瞬、言葉が詰まる。


 少しだけ照れくさい。


「……当然です」


 エリシアは小さく咳払いした。


「あなたは放っておくと無茶しますから」


「うぅ……」


 否定できない。


 フレアが横で笑い転げている。


「ほんと保護者ー!」


「フレア、静かにしてください」


「はーい!」


 騒がしい。


 でも。


 少し温かい。


 エリシアは静かに周囲を見渡す。


 慌ただしい聖療院。


 未完成の現場。


 問題も山積み。


 それでも。


 ここには確かに、“支え合う空気”が生まれ始めていた。

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