第8節「はじまりの場所」
聖療院が出来てから、数週間。
中央教会の一角だったその小さな施設は、少しずつ形を変え始めていた。
「次の患者さんどうぞ!」
「包帯交換しますね!」
「熱測ります!」
慌ただしさは相変わらずだ。
人手不足も解決していない。
物資不足もある。
待機列だってまだ長い。
それでも。
以前とは確かに違っていた。
「……落ち着いてる」
シャーロットが小さく呟く。
最初の頃みたいな混乱は減っていた。
役割分担。
導線。
診療順。
少しずつ整理され始めている。
「慣れてきただけだ」
レオンは書類を見たまま答える。
「でも良い傾向ではある」
完全否定しない辺り、珍しかった。
「素直じゃないねぇ」
フレアが笑う。
「事実を言っているだけだ」
「はいはい」
そんなやり取りを聞きながら、シャーロットは少し笑った。
以前より。
ちゃんと周りが見える。
全部を一人で抱え込もうとしていない。
それだけで、こんなにも違う。
「先生!」
小さな女の子が駆け寄ってくる。
以前、怪我を診た子だった。
「包帯取れたの!」
「ほんとだ」
シャーロットがしゃがみ込む。
傷は綺麗に塞がっていた。
「もう痛くない!」
「えへへ、頑張ったね」
頭を撫でる。
女の子は嬉しそうに笑った。
「ありがとう、聖女さま!」
その言葉に。
シャーロットは少しだけ目を丸くする。
まだ慣れない呼び方。
でも。
前みたいな重苦しさは少し減っていた。
「……」
周囲を見る。
薬を運ぶ修道女。
診察する医療班。
患者を落ち着かせる神官。
そして。
支え合いながら動いている現場。
「……すごいね」
ぽつり、と零れる。
「何がだ?」
ルナが静かに聞く。
「皆でやると、ちゃんと届くんだなって」
一人では無理だった。
全部は救えなかった。
でも。
皆で繋げれば、届く範囲は広がる。
「まだ全然足りない」
レオンは相変わらず厳しかった。
「地方展開も人材育成もこれからだ」
「うぅ……」
「だが」
レオンが静かに聖療院を見る。
「始まりとしては悪くない」
その言葉に。
シャーロットは少しだけ目を瞬かせる。
レオンが認めるのは珍しい。
「……えへへ」
自然と笑みが零れた。
その時。
窓から柔らかな風が吹き込む。
暖かい光。
人の声。
泣き声も。
笑い声も。
全部混ざっている。
未完成。
問題だらけ。
それでもここには確かに、“救われた人”がいた。
「……」
シャーロットは静かに聖療院を見つめる。
小さな施設。
小さな仕組み。
でも。
これはきっと。
“見えなかった誰か”へ手を伸ばすための、最初の場所。
奇跡だけじゃ足りない。
だから人の手で繋いでいく。
支え合いながら。
少しずつ。
届く範囲を広げていく。
少女は今――
“自分一人の救い”ではなく、“皆で繋ぐ救い”への第一歩を踏み出していた。




