第7節「回らない現場」
聖療院の試験運用開始から一週間。
限界は、すぐに見え始めた。
「包帯足りません!」
「薬品在庫切れです!」
「待機列が溢れてます!」
朝から怒号のような声が飛び交う。
人が多い。
想像以上だった。
“聖女の聖療院”。
その噂が広がった結果、地方からも患者が押し寄せ始めていた。
「次の方こちら!」
「軽症患者は待機お願いします!」
修道女たちが必死に動く。
だが追いつかない。
待合室は満席。
廊下にも人がいる。
「……っ」
シャーロットが小さく息を呑む。
苦しそうな人。
不安そうな人。
助けを求める視線。
全部見えてしまう。
「シャーロット!」
マリアの声が飛ぶ。
「重症側!」
「は、はい!」
慌てて走る。
だが途中。
「先生……」
待機列の老人が不安そうに袖を掴いた。
「まだ、ですか……」
「……っ」
胸が痛む。
助けたい。
今すぐ見てあげたい。
でも。
「順番を待ってください!」
別の修道女が慌てて対応する。
現場は完全に限界だった。
「……回ってない」
シャーロットが小さく呟く。
役割分担は出来ている。
以前より効率も良い。
でも。
根本的に、人が足りない。
「当然だ」
レオンが冷静に言う。
「仕組みを作っても、人員不足は別問題だ」
容赦のない現実だった。
「医療知識を持つ者も足りない」
「回復術師も不足」
「物資も不足」
全部足りない。
「じゃあどうするの……!」
シャーロットの声が少し震える。
こんなに頑張っているのに。
皆必死なのに。
それでも届かない。
「増やすしかない」
レオンは即答した。
「教育」
「育成」
「地方展開」
小さな聖療院一つでは足りない。
王国全体へ広げなければ意味がない。
「……そんなの」
すぐ出来る話じゃない。
シャーロットが唇を噛む。
その時。
「先生!」
修道女が慌てて駆け込んできた。
「軽症患者同士で揉めてます!」
「えっ!?」
待機時間。
不安。
疲労。
限界が来ていた。
シャーロットは慌てて向かう。
「落ち着いてください!」
声を張る。
すると。
患者たちは少しずつ静かになっていった。
「……」
レオンはその光景を見ていた。
効率だけなら、シャーロットは悪い。
すぐ寄り添う。
感情移入する。
立ち止まる。
だが。
空気を落ち着かせる。
安心させる。
それは確かに、数字だけでは測れない力だった。
「……厄介だな」
ぽつり、と漏れる。
その時。
シャーロットが小さくふらついた。
「っ……」
疲労。
情報量。
患者数。
限界が近い。
「だから言った」
ルナが静かに支える。
「無理をするな」
「でも……」
シャーロットが苦しそうに周囲を見る。
待っている人がいる。
苦しそうな人がいる。
「全部見ようとするな」
ルナの声は静かだった。
「お前が壊れれば、もっと止まる」
その時。
フレアがぽんっとシャーロットの背中を叩いた。
「だから皆いるんでしょ!」
「……っ」
「一人で抱えるなって!」
真っ直ぐな声だった。
マリアも静かに頷く。
「今は、“回らない”を知るのも大事だよ」
その言葉に。
シャーロットは少し目を見開く。
「限界を知らなきゃ、広げ方も分からない」
レオンが静かに続ける。
回らない現場。
足りない人。
届かない手。
でも。
それを知ったからこそ、次へ進める。
「……」
シャーロットは静かに周囲を見る。
慌ただしい聖療院。
未完成の現場。
問題だらけ。
それでも。
以前より届いている命も確かにあった。
少女はまだ知らない。
この“小さな混乱”が。
やがて王国全体を変える、大きな始まりになっていくことを。




