第5節「小さな聖療院(下)」
聖療院の準備は、思っていた以上に大変だった。
「薬品棚足りません!」
「診察用ベッド追加お願いします!」
「衛生区画、もっと分けた方がいいかも!」
診療棟の一角。
使われていなかった部屋を改装しながら、皆が慌ただしく動いている。
「……大変」
シャーロットが小さく呟く。
もっと簡単だと思っていた。
部屋を作って。
回復魔法を使って。
それで終わりだと。
でも現実は違う。
「当たり前だ」
レオンが書類を確認しながら言う。
「施設運営は人手が必要になる」
「うぅ……」
シャーロットが机へ突っ伏した。
「書類多いぃ……」
「逃げるな」
「ルナぁ……」
黒髪の少女は容赦なかった。
フレアは横で笑っている。
「頑張れ聖女様ー!」
「他人事ぉ……!」
そんな騒がしい空気の中。
マリアは静かに棚へ薬品を並べていた。
「……でも悪くないねぇ」
「先生?」
「今までは“治して終わり”だった」
マリアが小瓶を持ち上げる。
「でも本来、医療ってその前後も大事なんだよ」
衛生管理。
経過観察。
食事。
薬。
安静。
回復魔法だけでは補えない部分は多い。
「例えば熱病」
マリアが続ける。
「回復魔法だけじゃ、また悪化する場合もある」
「……あ」
「だから生活環境も大事になる」
シャーロットは少し目を見開いた。
今まで、“治す”ばかり考えていた。
でも。
“治った後”も必要なんだ。
「……難しい」
ぽつり、と零れる。
すると。
「当然だ」
レオンが静かに言う。
「だから今まで回っていなかった」
王国には回復魔法がある。
でも。
それだけでは救い切れなかった。
人手不足。
属人化。
高位術師依存。
地方格差。
問題は山ほどある。
「聖女一人で全部解決する方が異常なんだ」
その言葉に。
シャーロットは静かに俯く。
昔の自分なら。
多分、“頑張れば出来る”と思っていた。
でも今は違う。
届かなかった命を知っている。
限界も知っている。
「……だから皆でやる」
シャーロットが小さく呟く。
レオンが静かに視線を向けた。
「医療も」
「回復魔法も」
「皆で」
シャーロットは図面を見る。
まだ小さい。
未完成。
でも。
一人で抱え込まなくていい形。
それを今、作ろうとしている。
「……良い顔だ」
ぽつり、とルナが呟いた。
「へ?」
「前より息苦しそうじゃない」
シャーロットが少し目を瞬かせる。
そうかもしれない。
今までは、“自分がやらなきゃ”だった。
でも今は違う。
頼れる人がいる。
一緒に支えてくれる人がいる。
「笑ってる方がいいって言ったでしょ?」
フレアがにっと笑う。
「うん……えへへ」
自然と笑みが零れる。
その時。
入口側が少し騒がしくなった。
「患者搬送です!」
修道女の声だった。
全員の空気が変わる。
聖療院はまだ準備中。
未完成。
でも。
シャーロットは立ち上がった。
「……行こう」
小さな施設。
まだ始まったばかり。
奇跡だけでは足りない。
だから。
人の手で繋いでいく。
それがきっと。
“届かなかった誰か”へ、次は手を伸ばすための形になる。




