第3節「半覚醒」
聖女任命式から数日後。
中央教会の診療棟は、以前よりさらに慌ただしくなっていた。
「聖女様はこちらですか!?」
「地方から患者搬送が来ています!」
「診療補助をお願いします!」
“聖女誕生”の噂は、想像以上に広がっていた。
期待。
希望。
救いを求める声。
中央教会へ運ばれてくる患者の数も増えている。
「……」
シャーロットは静かにその光景を見ていた。
聖女になった。
でも。
急に何かが変わったわけじゃない。
今まで通り、苦しそうな人がいる。
助けを求める人がいる。
だから。
「次の方どうぞ!」
シャーロットは今日も診療所へ立っていた。
その時。
「先生!」
修道女が慌てて駆け込んでくる。
「事故患者です!」
担架が運び込まれた。
若い男性だった。
腹部から大量出血している。
「っ……!」
周囲の空気が変わる。
「急いで止血を!」
「脈が弱い!」
マリアが即座に指示を飛ばす。
だが。
出血量が多い。
「……間に合わない」
誰かが小さく呟いた。
その瞬間。
シャーロットの胸が強く痛む。
また。
また届かないのか。
「……嫌」
ぽつり、と零れる。
次の瞬間。
身体の奥が熱くなった。
「シャーロット!?」
エリシアが目を見開く。
淡い金色の光。
だが以前より濃い。
そして。
妙に静かだった。
「……見える」
シャーロットが小さく呟く。
「え?」
視界が違った。
血流。
呼吸。
傷。
身体の状態が、ぼんやり分かる。
まるで命そのものへ触れているみたいだった。
「出血箇所……そこ……!」
シャーロットが反射的に手を伸ばす。
金色の光が、腹部へ集中した。
「っ!?」
マリアが目を見開く。
止血速度が異常だった。
ただ傷を塞いでいるわけじゃない。
血流そのものを制御している。
「脈が安定してる……!?」
修道女が驚く。
患者の呼吸が少し落ち着いていく。
シャーロットの額へ汗が滲む。
「まだ……」
終わっていない。
傷だけじゃない。
痛み。
呼吸。
意識。
全部が不安定だった。
「落ち着いて……」
シャーロットが静かに呟く。
すると。
患者の震えが少しずつ収まっていく。
「……嘘だろ」
近くで見ていた神官が息を呑む。
今までの回復魔法とは違う。
もっと細かい。
もっと深い。
まるで“命を支えている”みたいだった。
「……」
レオンも少し離れた場所で、その光景を見ていた。
灰色の瞳が静かに細められる。
「……精密制御か」
ぽつり、と漏れる。
その時。
シャーロットの身体がふらついた。
「っ……!」
視界が揺れる。
情報量が多すぎる。
身体が重い。
「シャーロット!」
エリシアが慌てて支える。
だが。
患者の容態は安定していた。
「……助かった」
マリアが静かに息を吐く。
周囲がざわつく。
「今のは……」
「聖女の力……?」
「いや、回復魔法とは違う……」
シャーロット自身も混乱していた。
「……今の、なに」
自分でも分からない。
ただ。
“届かなかった”を、繰り返したくなかった。
その想いだけだった。
ルナが窓際から静かに見ている。
「……始まったか」
小さな呟き。
フレアも珍しく真面目な顔をしていた。
「シャーロット、それ……」
いつもの聖魔法とは違う。
もっと深い何か。
「……半覚醒状態だな」
マリアが静かに言う。
診療棟が静まり返る。
「聖女の力が、本格的に目覚め始めてる」
その言葉に。
シャーロットは自分の手を見る。
まだ震えている。
怖かった。
でも。
あの時。
確かに、“届いた”。
少女の力は今――
静かに、新しい領域へ踏み込み始めていた。




