第6節「見えないと救えない」
女の子が亡くなった日から。
シャーロットは少し静かになっていた。
「……」
診療所の窓際。
ぼんやり外を見ている。
雨はもう止んでいた。
でも空はまだ曇っていた。
「シャーロット」
エリシアが静かに呼ぶ。
「……うん」
返事はする。
だが元気がない。
診療補助もしている。
笑おうともしている。
でも。
どこか沈んでいた。
「……考えてる」
ぽつり、とシャーロットが呟く。
「何をですか?」
「どうしたら届いたのかなって」
小さな声だった。
エリシアは静かに目を伏せる。
あの女の子の件は、中央教会内でも重かった。
搬送が遅れた。
地方側の医療不足。
人手不足。
全部重なった結果だった。
「……もっと早く診れたら」
「もっと近くに人がいたら」
シャーロットは拳を握る。
「助かったかもしれない」
その時。
「その通りだ」
低い声が落ちた。
振り向く。
レオンだった。
「……殿下」
レオンは静かに診療所を見回す。
「中央へ来られる人間しか救えない」
「それが今の限界だ」
シャーロットが小さく息を呑む。
「見えている範囲は救える」
レオンが続ける。
「だが、見えない場所はどうなる」
地方。
遠方。
貧困地区。
診療所へ辿り着けない人。
助けを呼べない人。
「……」
シャーロットは答えられない。
今までは。
“見えたら助ける”だった。
でも。
見えない場所には、そもそも手が届かない。
「だから必要になる」
レオンの声は静かだった。
「仕組みが」
マリアの言葉が重なる。
『奇跡だけじゃ続かない』
全部繋がっていく。
個人の善意。
奇跡。
頑張り。
それだけでは限界が来る。
「……でも」
シャーロットが小さく呟く。
「私、そんな大きなこと分かんないよ」
国全体。
制度。
仕組み。
難しい。
自分はただ、目の前の人を助けたかっただけだ。
すると。
「最初から全部分かる必要はない」
レオンが静かに言った。
「……え?」
「だが、お前は“見えてしまう”人間だ」
灰色の瞳が、真っ直ぐシャーロットを見る。
「苦しさを」
「届かなさを」
「取りこぼしを」
シャーロットは少し目を見開く。
「それは、多分必要な資質だ」
静かな声だった。
褒めているわけじゃない。
慰めでもない。
ただ事実として言っている。
「感情だけでは国は回らない」
レオンは続ける。
「だが感情を失えば、人は数字しか見なくなる」
その言葉に。
シャーロットは静かに俯いた。
苦しかった。
悔しかった。
助けたかった。
でも。
その感情自体は、間違いじゃない。
「……私は」
小さく呟く。
「見えたら、助けたい」
レオンは静かに頷いた。
「なら、“見える範囲”を広げるしかない」
その言葉に。
シャーロットが顔を上げる。
「……広げる?」
「地方にも」
「遠方にも」
「誰かが手を伸ばせる形を作る」
それは。
今まで誰も、シャーロットへ見せなかった景色だった。
個人ではなく。
国全体を見る視点。
「……難しそう」
「難しい」
レオンは即答した。
「だから時間がかかる」
診療所へ静かな風が入る。
マリアは奥で薬を整理していた。
エリシアは黙って話を聞いている。
そして。
シャーロットは窓の外を見る。
王都の向こう。
もっと遠く。
まだ見えていない場所が沢山ある。
そこにもきっと。
苦しんでいる人がいる。
「……見えないと救えない」
ぽつり、と零れる。
その言葉は。
今までのシャーロットの“限界”そのものだった。
けれど。
もし。
見える範囲を広げられるなら。
救える人も増えるのかもしれない。
少女はまだ知らない。
この小さな気づきが。
やがて王国全体を変える、“聖療院”へ繋がっていくことを。




