第4節「全部は無理」
集団食中毒騒ぎから数日後。
中央教会の診療棟は、まだ慌ただしさを引きずっていた。
「薬草在庫減ってます!」
「地方への補給便が遅延中です!」
「回復術師が足りません!」
次々に飛び交う声。
患者数は少し落ち着いた。
だが今度は、人手不足と物資不足が表面化していた。
「……」
シャーロットは薬箱を抱えながら、その光景を見ていた。
皆、疲れている。
修道女も。
神官も。
回復術師も。
それでも止まれない。
「シャーロット、次こちらお願いします!」
「は、はいっ!」
すぐ走る。
子供へ回復魔法を使う。
老人へ水を運ぶ。
不安そうな人へ声を掛ける。
気づけばまた、動き続けていた。
「……」
その様子を、レオンは少し離れた場所から見ていた。
近すぎる。
一人一人へ寄り添いすぎている。
効率だけなら悪い。
でも。
患者の表情は明らかに違った。
安心している。
落ち着いている。
「……厄介だな」
ぽつり、と漏れる。
合理だけでは説明できない効果が、確かに存在していた。
その時。
「先生! こっちもです!」
「すぐ行く!」
マリアが走る。
エリシアも書類を抱えたまま動き回っていた。
全員限界に近い。
「……っ」
シャーロットが小さく息を呑む。
待機列。
まだ沢山人がいる。
顔色の悪い人もいる。
「……全部助けなきゃ」
ぽつり、と漏れる。
その瞬間。
また足が動き出していた。
「シャーロット!」
エリシアが呼ぶ。
だが止まらない。
「大丈夫ですか?」
「少し楽になりますからね」
回復魔法。
また次。
また次。
気づけば魔力も体力も削れていく。
「……おい」
低い声が落ちた。
レオンだった。
「顔色が悪い」
「まだ平気です」
即答だった。
だが説得力はない。
手も震えている。
「休め」
「でもまだ――」
「全部は無理だ」
静かな声だった。
シャーロットの動きが止まる。
「……」
「お前一人では、全部は救えない」
レオンは現実を見る目をしていた。
残酷なほど冷静な目。
でも。
その奥に僅かな苦さがある。
「今ここで無理をすれば」
「明日、もっと多くを救えなくなる」
シャーロットは唇を噛む。
分かる。
理屈は分かる。
でも。
「目の前にいるのに……」
小さな声だった。
待っている人がいる。
苦しそうな人がいる。
だから止まれない。
「……お前は」
レオンが静かに言う。
「“見える範囲”を全部抱え込もうとしている」
その言葉に。
シャーロットが少し目を見開く。
「だが人間には限界がある」
その時だった。
ぐらっ。
「っ……!」
シャーロットの視界が揺れる。
膝が崩れかけた。
「シャーロット!」
エリシアが慌てて支える。
顔色が真っ白だった。
「……だから言った」
レオンが小さく息を吐く。
怒っているわけじゃない。
呆れているわけでもない。
ただ。
この少女は放っておくと、自分を削り続ける。
それが分かった。
「……ごめんなさい」
シャーロットが弱々しく呟く。
その時。
「謝る前に休め」
静かな声が落ちた。
窓の外。
黒髪の少女――ルナが立っていた。
「る、ルナ……」
「また無茶した」
低い声だった。
少し怒っている。
その直後。
ばたんっ!
「シャーロットぉ!!」
赤髪の少女――フレアまで飛び込んでくる。
「だから言ったじゃん!!」
診療棟が少し騒がしくなる。
だが。
その空気を見ながら。
レオンは静かに目を細めていた。
一人で抱え込む少女。
そして。
それを止めようとする人たち。
「……なるほど」
ぽつり、と漏れる。
個人の善意だけでは限界が来る。
だから制度が必要。
でも。
制度だけでも足りない。
この少女みたいに、“苦しさを見てしまう人間”も必要なのだ。
レオンは初めて。
シャーロットという存在を、少しだけ理解し始めていた。




