第2節「合理と感情」
レオンの視察は、アルベルトの時とはまるで違った。
「現在の患者数は」
「薬品消費量は」
「地方支援へ回している人数は何名ですか」
次々に質問が飛ぶ。
だが内容は、“理想”ではなく“現実”だった。
数字。
人員。
物資。
運営状況。
「……すごい」
シャーロットが小さく呟く。
細かい。
本当に細かい。
診療棟全体を、数字で見ている感じだった。
「第二王子殿下は、実務能力に優れていると言われています」
エリシアが静かに説明する。
「必要な人数」
「必要な予算」
「継続可能性」
そこを重視する。
アルベルトとは真逆だった。
その時。
「失礼します!」
修道女が慌てて駆け込んできた。
「南区域で集団食中毒が発生しました!」
診療棟の空気が変わる。
「患者数は!?」
「現在二十七名です!」
ざわつく室内。
神官たちも慌て始める。
「回復術師を増員しますか!?」
「薬草在庫は!?」
「隔離スペースが足りません!」
混乱しかけたその時。
「落ち着け」
低い声が響いた。
一瞬で空気が静まる。
レオンだった。
「重症者数を分類しろ」
「歩行可能者は別棟へ移動」
「軽症者へ高位回復術を使うな」
指示が速い。
迷いがない。
神官たちが即座に動き始める。
「……」
シャーロットはその様子を見ていた。
凄い。
混乱していた現場が、一気に整理されていく。
だが。
「軽症者には使わない……?」
小さく呟く。
その言葉を、レオンは聞いていた。
「問題があるか」
「えっ」
視線が向く。
灰色の瞳。
鋭い。
「その……苦しそうだから」
シャーロットがおずおずと言う。
「少しでも楽になるなら、回復魔法使った方が……」
周囲が少し静かになる。
レオンはしばらくシャーロットを見ていた。
それから。
「高位回復術師の数は有限だ」
静かに言った。
「……」
「全員へ均等に力を使えば、重症者が死ぬ」
その言葉は冷静だった。
感情ではない。
現実だった。
「だから優先順位を決める」
シャーロットが小さく息を呑む。
「でも……」
「全員救いたい?」
レオンが聞く。
「……うん」
「無理だ」
即答だった。
診療棟が静まり返る。
あまりにも迷いのない言葉だった。
シャーロットの胸が少し痛む。
「王国は広い」
「人は多い」
「物資も人員も足りない」
レオンは続ける。
「だから選ぶ必要がある」
それは残酷だった。
でも。
嘘ではない。
「……」
シャーロットは言葉を失う。
分かる。
理屈は分かる。
でも。
目の前で苦しそうな人がいたら。
やっぱり放っておけない。
「感情は否定しない」
レオンが静かに言う。
「だが感情だけでは、現場は回らない」
その言葉は重かった。
診療棟は静かに動き続けている。
患者を分ける者。
薬を運ぶ者。
重症者を優先する者。
その全てが、“限られた資源”で動いていた。
「……難しい」
シャーロットが小さく呟く。
レオンはその顔をしばらく見ていた。
それから。
「だから制度が必要になる」
ぽつり、と言った。
「……制度?」
「個人の善意だけでは限界が来る」
静かな声だった。
「一人で救える数には限度がある」
その言葉に。
マリアの言葉が重なる。
『奇跡だけじゃ続かない』
シャーロットは静かに俯いた。
正しさ。
優先順位。
現実。
今まで避けていたものが、少しずつ目の前へ現れ始めていた。




