第1節「レオン」
中央教会の空気が、朝から少し慌ただしかった。
「第二王子殿下が来られるそうです」
「急いで準備を」
「診療棟側の整理もお願いします」
修道女たちが忙しそうに動いている。
「……また王子様」
シャーロットが小さく呟いた。
以前のアルベルト視察を思い出す。
ちゃんとしていて。
優しくて。
でも少し息苦しかった。
「今回は第二王子殿下です」
エリシアが書類を整理しながら答える。
「レオン殿下」
「どんな人なの?」
「……」
珍しくエリシアが少し考え込んだ。
「第一王子殿下とは、かなり違います」
「違う?」
「現実主義者です」
その言葉だけでは、よく分からない。
だが。
エリシアの表情は少し真面目だった。
「……怖い人?」
「怖い、とは違います」
少し迷った後。
「厳しい方です」
そう答えた。
その頃。
中央教会前へ、一台の馬車が止まっていた。
扉が開く。
降りてきたのは、一人の青年だった。
黒髪。
鋭い灰色の瞳。
第一王子アルベルトのような華やかさはない。
だが。
静かな圧があった。
「お待ちしておりました、レオン殿下」
神官たちが頭を下げる。
レオンは軽く頷くだけだった。
「時間は有限です」
「案内を」
無駄がない。
声も低く落ち着いている。
そのまま診療棟へ向かう。
途中。
レオンの視線が一瞬だけ止まった。
「……あれは?」
視線の先。
診療棟入口で、子供へ回復魔法を使っている少女がいた。
金髪。
柔らかな光。
不安そうな子供を安心させるように、優しく声を掛けている。
「地方教会より移送された聖属性保持者です」
神官が説明する。
「シャーロットという少女で……」
「……」
レオンは黙ってその様子を見ていた。
治療後。
子供がほっと笑う。
シャーロットもつられて笑っていた。
「珍しいな」
レオンがぽつりと呟く。
「え?」
「回復術師は普通、もっと距離を取る」
感情移入しすぎると消耗する。
だからある程度線引きする。
それが一般的だった。
だが。
あの少女は違う。
近い。
近すぎる。
「……非効率だ」
静かな声だった。
だが否定だけではない。
むしろ。
何かを観察しているようだった。
その時。
「わっ」
シャーロットが振り返る。
レオンと目が合った。
「……」
「……」
一瞬、空気が止まる。
アルベルトとは違う。
優しい笑顔はない。
でも。
冷たいわけでもなかった。
ただ。
鋭い。
全部見透かされそうな視線だった。
「し、失礼しました!」
シャーロットが慌てて頭を下げる。
レオンはしばらく黙っていた。
それから。
「無理をするな」
「……へ?」
予想外の言葉だった。
シャーロットがぽかんとする。
「顔色が悪い」
短くそれだけ言う。
そしてレオンは、そのまま歩き去っていった。
「……」
シャーロットは呆然と立ち尽くす。
「な、なんかすごい人だった……」
エリシアが静かに頷いた。
「第二王子殿下は、“人”より“現実”を見る方ですから」
その言葉の意味を。
シャーロットはまだ理解していなかった。




