第4節「足りない(上)」
噂が広がるのは、あっという間だった。
「あの子に触ってもらうと楽になる」
「痛みが引く」
「安心して眠れる」
そんな話がスラム中を巡り始める。
最初は数人だった。
でも今では、朝になるとシャーロットの小屋の前へ人が集まるようになっていた。
「シャーロット、うちの子を見てくれ!」
「熱が下がらねぇんだ!」
「お願いだ……!」
必死な声。
泣きそうな顔。
苦しそうな呼吸。
シャーロットは、それを見ると断れなかった。
「じゅ、順番だからねぇ……!」
慌てながら、一人ずつ診ていく。
熱を出した子供。
咳き込む老人。
怪我人。
腹を押さえて苦しむ男。
その全員へ、小さな手を伸ばした。
「少しだけ、楽になりますように」
淡い光が零れる。
暖かな光。
優しい光。
その光に包まれると、人々は少しだけ呼吸を落ち着かせた。
「……あぁ」
「楽だ」
「さっきより痛くねぇ……」
感謝の声が増えていく。
けれど。
「……っ」
シャーロットの身体は、少しずつ重くなっていた。
頭がぼんやりする。
足元もふらつく。
でも休めなかった。
「次、お願い!」
「こっちも見てくれ!」
次々に呼ばれる。
苦しそうな顔が並ぶ。
見捨てられない。
放っておけない。
だから、また手を伸ばす。
「……少しだけ」
光。
また光。
何度も繰り返す。
すると。
ぐらり、と視界が揺れた。
「……ぁ」
膝が落ちる。
「おい!」
慌てて支えたのは、いつもの老人だった。
「座れ!」
「だ、大丈夫……」
「全然大丈夫じゃねぇ!」
怒鳴られる。
でもシャーロットは困ったように笑った。
「まだ待ってる人いるから」
「お前なぁ……!」
老人は頭を抱えた。
周囲の人々も気まずそうな顔になる。
皆、自分たちが頼っているせいだと分かっている。
でも苦しいのだ。
だから頼ってしまう。
「……ごめんなさい」
誰かが小さく呟いた。
シャーロットは慌てて首を振る。
「ち、違うよ!? 私が勝手にやってるだけだから!」
本心だった。
頼まれたからじゃない。
苦しそうだったから。
それだけだ。
その時だった。
「シャーロット!」
また声が飛ぶ。
今度は若い男だった。
息を切らしながら走ってくる。
「妹が倒れた! 来てくれ!」
「えっ」
シャーロットはすぐ立ち上がろうとする。
でも。
ぐらっ。
「……ぅ」
足に力が入らない。
視界もぼやける。
「もうやめろ!」
老人が怒鳴った。
「お前、今日何人見たと思ってんだ!」
「でも……!」
「でもじゃねぇ!」
珍しく本気で怒っていた。
シャーロットは唇を噛む。
でも。
「苦しそうなんだよ……?」
ぽつりと漏れる。
静かな声だった。
「放っておけないの……」
その言葉に、老人は言葉を失った。
分かっている。
この子は善意で動いている。
見返りなんて求めていない。
だから余計に危うい。
「……馬鹿だな、お前」
絞り出すような声。
シャーロットはへにゃっと笑った。
「よく言われる」
「褒めてねぇ」
そのやり取りを見ていた若い男が、苦しそうに頭を下げた。
「……頼む」
震える声だった。
「妹、まだ小さいんだ」
「……!」
シャーロットは顔を上げる。
子供。
その言葉だけで、もう足が動いていた。
「案内して!」
「お、おい!?」
老人の制止も聞かず、シャーロットは走り出す。
身体は重い。
息も苦しい。
それでも。
苦しんでいる人がいるなら。
少女は、また手を伸ばしてしまうのだった。




