第5節「疲れてる」
中央教会へ戻った翌朝。
「……眠い」
シャーロットは机へ突っ伏していた。
講義開始前。
周囲の候補生たちは既に席へ座っている。
皆きちんとしていた。
だが一人だけ、完全に溶けている。
「シャーロット」
「……はぃ」
エリシアに呼ばれ、のそのそ顔を上げる。
「目が死んでいます」
「死んでないよぉ……」
声に元気がない。
昨夜、ルナと空を飛んでいたせいだ。
楽しかった。
でも帰りが遅くなった。
「寝不足ですね」
「ぅ」
否定できなかった。
エリシアは小さくため息を吐く。
「今日は早く休みなさい」
「でも勉強が……」
「昨日もその前も言いました」
真面目な声だった。
「あなたは無理をしすぎです」
シャーロットはしょんぼりする。
自覚はある。
でも。
やることが多い。
勉強もしたい。
診療補助も頑張りたい。
困ってる人も放っておけない。
だから気づくと動き続けてしまう。
「……うぅ」
その時。
ぐらり、と視界が揺れた。
「っ」
シャーロットの身体が傾く。
エリシアが慌てて支えた。
「シャーロット!?」
「だ、大丈夫……」
大丈夫じゃなかった。
顔色が悪い。
手も冷たい。
エリシアは表情を険しくする。
「保健室へ行きます」
「えぇっ」
「反論は禁止です」
有無を言わせない声だった。
数十分後。
「……疲れてるねぇ」
保健室で、マリアが呆れたように言った。
「ぅ」
シャーロットがベッドへ埋まる。
逃げられなかった。
「熱はない」
「魔力枯渇も軽度」
マリアが診察しながら続ける。
「ただの頑張りすぎだ」
「ただじゃないよぉ……」
「ただだよ」
ばっさりだった。
エリシアが横で腕を組む。
「だから言ったんです」
「ごめんなさい……」
シャーロットがしょんぼりする。
その姿を見て、マリアは小さく息を吐いた。
「シャーロット」
「……なぁに」
「最近、笑えてるかい?」
静かな問いだった。
シャーロットが少し目を瞬かせる。
「笑ってるよ?」
「作り笑いじゃなくて」
「……」
言葉が止まる。
診療棟では頑張らなきゃと思う。
中央ではちゃんとしてなきゃと思う。
勉強も追いつかなきゃいけない。
気づけば。
“頑張る”ばかり考えていた。
「……夜は」
ぽつり、と零れる。
「少し楽」
エリシアが静かに顔を上げる。
「夜?」
「あっ」
しまった、という顔になる。
ルナのことを説明していなかった。
だが。
「……まあいいさ」
マリアが何か察したように笑う。
「休める場所があるなら悪くない」
「先生?」
「人間ねぇ、張り詰め続けると壊れるんだ」
静かな声だった。
「だから息抜きは必要」
シャーロットはぼんやり天井を見る。
夜空。
風。
ルナ。
空を飛ぶ時間。
確かにあの時間だけは、少し肩が軽かった。
「……でも」
シャーロットが小さく呟く。
「私だけ休んでいいのかな」
診療棟には苦しそうな人がいる。
頑張っている人もいる。
だから。
自分だけ楽をしてはいけない気がしてしまう。
その時。
ぺしっ。
「いたぁっ!?」
マリアに額を軽く叩かれた。
「真面目すぎ」
「うぅ……」
「休むのも仕事のうちだよ」
マリアは呆れたように笑う。
「壊れたら、誰も助けられないだろ」
その言葉に。
シャーロットは静かに目を伏せた。
それは分かっている。
でも。
難しい。
「……難しい顔」
その時。
窓の外から、静かな声が落ちた。
「……へ?」
振り向く。
窓の向こう。
木の上。
そこに黒髪の少女――ルナが座っていた。
「る、ルナぁ!?」
エリシアが固まる。
「……誰です?」
当然の反応だった。
だがルナは気にせず、静かにシャーロットを見る。
「疲れている」
短い言葉。
でも。
その声は、どこか心配そうだった。




